テーマ:一人暮らし

僕のカレーと君の謎

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 「ドラマとは、退屈な部分がカットされた人生である」
と言った映画監督は、次の四人のうち誰でしょう?と、クイズ番組の司会者が言う。こんなの四人聞くまでもない。答えは簡単。ヒッチコックだ。
「ねぇ!ちょっと!聞いてんの?」
電話の向こうの美樹の声は苛立っていた。
「聞いてますよ」
スマホを耳から離して、僕は言う。
「正解は『B』、アルフレッド・ヒッチコックです!」
タイミング悪く、正解が告げられテレビの中が盛り上がる。
「なんでテレビなんか見てんのよっ!」
なんでって言われても。と言いそうになるが、火に油は注げない。
鍋の中の一口大に切った肉と玉ねぎとニンジンとジャガイモはいい感じに火が通り、こちらも油は必要ない。そろそろと水を加えて弱火にする。
「明智君はずっとそうだったよね。自分の興味のない話は全っ然聞かない」すみません。と頭を下げる。
「ボディーソープとかシャンプーとかフレーバー違うのにボトル洗わずに詰め替えるし、まな板とかフライパンとか使った面しか洗わないし、もじゃもじゃ頭だし」
もじゃもじゃ頭は単なる悪口じゃないかと言いたくなる。
ヒッチコックが言ったとおり、人生のほとんどは無意味で退屈で、ドラマとは程遠い時間で埋め尽くされているのかも知れない。でも時々、人生には映画のワンシーンのような場面が訪れる。例えば、別れたガールフレンドからの五年ぶりの電話に出ちゃった時とか。

「大変なんだね」
「大変って何よ!」
そもそもの話の始まりは、彼女の今現在付き合ってる男が碌でもないとの愚痴からだった。と言うか、僕はカレーを作ってる最中なのだ。焼きそばと並ぶ、一人暮らしの定番メニュー。微塵切りにして炒めていた玉ねぎが飴色になった時、スマホが鳴った。見知らぬ電話番号だったけど、仕事の電話かと思い、勢いで出てしまったのが間違いだった。やあ久しぶり、元気?から始まって、話題が現彼氏に対する不満を経て、元彼氏への不満に変わるのに、そんなに時間は掛からなかった。
「いやほら、ホテルで働いてるんでしょ?」
さっきちらっとそんな事を言ってたような。
「そうなのよ、ホテルのフロントで働いてる。中国人客はマナーが悪いし、上司はバカばっかだし。そういえばこないだ、明智君の本、本屋さんで見かけたよ。買わなかったけど」
話がよく転がるねとか、最後の一言は余計だよねとか思いながら、何故かありがとうと感謝を述べる。
「相変わらず人がたくさん死んじゃう話?」

僕のカレーと君の謎

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