十月の訪問者
実家にいたころの佐保は、家事はすべて母親に頼りきりだった。いや、家事をしないだけならまだマシだ。問題は、あの娘のだらしなさなのだ。服は脱いだら脱ぎっぱなし。食べた後の菓子袋は散らかしたまま。勉強机に積み上げた書類や教科書は、なんど雪崩をおこしただろう。もちろん、それを片付けるのはいつも明子の役目だ。
今日初めて訪ねる佐保の部屋があまりひどいようなら、「無理しないで、家に帰ってらっしゃい」と言ってやるつもりだ。
和宏だって、内心ではそれを望んでいるに違いないのだ。佐保が家を出ていって以来、目に見えて覇気がない。最近の夫婦の食卓はまるで通夜のようだ。長く連れ添った初老の男女の間にこれといった新しい話題はなく、つけっぱなしのテレビをBGMにもそもそとご飯を咀嚼する。
この先何十年も同じ状態が続くかと思うと、暗い気持ちになってくる。三人そろっていたころが懐かしい。学校のこと、友達のこと、習い事のこと……。娘を中心に囲む食卓では、決して話題が尽きることはなかった。
「お母さん、こっち」
佐保が改札の脇で大きく手を振っている。少し痩せたようだ。食事はきちんと摂っているのだろうか。
「久しぶり。あれ、お母さんちょっと太った?」
「あなたこそ、なんだか派手になったんじゃない?」
「派手って、この髪のこと?」
前は黒いボブヘアだったのが、いまでは茶色く染まり肩下まで伸びている。
「言ったでしょ、わが社はベンチャー企業、成果主義。髪型なんてなんだってOKよ。モヒカンみたいな男の先輩だっているんだから」
「ベンチャーだかなんだか知らないけど。ピアスまでして……」
「再会の第一声がそれ? ま、お母さんらしいといえば、そうだけどさ」大げさに肩をすくめる。「ね、ここまでどれくらいかかった?」
「鈍行で来たから、二時間くらいかしら」
「ええ? 急行で来ればそんなにかからないのに」
「時間はたっぷりあるもの。むしろ、持て余してるくらい」
「隠居老人みたいなこと言ってる」くすくす笑うと、「その荷物、重そう。持とっか?」明子が抱えていた紙袋に目を遣る。
「大丈夫よ。それより、何か足りないものはない? 何でも買ってあげるわよ」
「へーき、へーき。半年暮らして、いまはほとんど揃ってるから」そう言って、先に立って歩き出した。
商店街と呼べる規模ではないものの、それなりに人で賑わう通りを歩く。コンビニエンスストア、クリーニング店、精肉店、中華料理店、歯医者、美容室、クリーニング店がもう一軒。それらを指さしながら、「ここが行きつけの美容室」「このお店は炒飯が絶品」などと教えてくれる。
十月の訪問者