テーマ:お隣さん

ひとりぐらし二役

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「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
「そうだったんだ」
 それって、つまりはどういうこと? 私は結局嘘がばれて、恥ずかしい一人言を言っているのもばれたけど。それでも、どうにか解決したってこと? いや心情的にはまだ恥ずかしいし、そういう意味では解決していないんだけど。
 気まずくてまた下を向いていると、何気ないといった感じでお隣さんが声を上げた。
「そういえば」
「はい……?」
「その服素敵ですね、似合ってますよ」
「それは、ありがとうございます……」
 お隣さんが変わらない笑顔でそう言うのに、私は視線をそらした。反らした先には、赤くなり始めた空がとてもきれいに見えた。

 それから。私の気持ちの引っかかりがすっきりした以外に変わりはほとんど無い。
「こんにちは。今日の晩御飯はスーパーの鳥南蛮弁当ですか」
「こんにちは」
 帰り道に声をかけられた。振り返るとそこにはやっぱりお隣さんがいて、自然と並んで帰ることになる。お隣さんの手には、私と同じスーパーの袋が握られていた。
「今日は、何を買ったんですか?」
「僕ですか? 僕は唐揚げ弁当です。唐揚げは定期的に食べたくなりますね」
「そうですね」
「そういえば、この間おいしいパン屋さん見つけたんですよ。……今度一緒に行きませんか?」
 ちょっと間を開けてから、こちらの様子を探るようにそろそろと誘われた。緊張したその顔を見返して、一呼吸を置いてから頷いた。
「いいですね。行きたいです」
「それじゃあ、今度のお休みに行きましょう」
 初めて会う約束をした。
 ずっと顔を合わせて、隣にいたのに、それが不思議で少しだけ笑えた。

ひとりぐらし二役

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