ひとりぐらし二役
「そんなことないです。妹さんは優しい人ですね。いつも仲良くてしてもらって、ありがたいです」
「……そう?」
「はい。会えると嬉しいぐらいで、ついつい話しかけに行っちゃうんですよ」
「そ、そう……」
聞いているうちにだんだんと視線が下を向いてくる。顔が熱い。というか、自分の事を素知らぬ顔して聞くのって恥ずかしい。私って本当に何してるんだろう?
「どうしたんですか、お姉さん?」
「いえ、なんでもないです」
「具合でも悪いんですか?」
「そういうわけでもなくて……」
なんとか自分を落ち着かせようとしていると、あっと声を出したお隣さんは慌てたように手を振った。
「た、確かに今の世の中、ただお隣に住んでいるだけの男が妹さんに近づいているのは危ないかもしれないですけど! でも、大丈夫ですから! 大事な妹さんに手は出しません!」
真剣な顔で言うお隣さんに、耐えられなくなった。
「ごめんなさい、もう耐えられません! 私が悪かったです!」
「えっと?」
「姉なんていません! 妹もいません! 私はずっと一人暮らしです! 姉がいるって嘘をついていました、ごめんなさい!」
深々と、おろした髪が地面についてしまうほどに頭を下げる。お隣さんが困ったような声で私に頭を上げるように言うけど、上げたくない。顔が見られないし、見たくない。
そろそろと顔を上げると、お隣さんの初めて愛想笑いを浮かべていない顔を見た。
「えっと、どうして嘘をついたのか聞いてもいいですか?」
「……私が家で大きな一人言を言っているのが聞かれていたのが分かって。恥ずかしくて、いっそのこと姉が言ったことにすればいいという馬鹿な考えの元で嘘をつきました」
「僕が嫌だから、とかそういうことではなくてですか?」
「滅相も無いです。ただ見栄を張りたかっただけです、ごめんなさい」
「なんだ、それならいいんです」
あっけらかん。そんな感じで、また彼はいつもの笑みを浮かべた。
「その、もっと怒っていいんですよ。嘘つきましたし」
「別に僕はその嘘で困ったことがありませんし。それに、実は僕もあなたにちょっと見栄を張ったりしました」
「見栄、ですか?」
そんなもの、どこにあっただろうと考えるけどまったく思い当たらない。悩んでいると、目が合ったお隣さんがちょっと恥ずかしそうに目を細めた。
「僕、本当はごはんはいつも携帯補助食品とかコンビニのおにぎりとかパンとかばっかりです。あなたに会ってからお弁当とかちゃんと買うようになりました。それで、話のきっかけになればなって」
ひとりぐらし二役