ひとりぐらし二役
ボタンから指を鳴らして音が鳴った瞬間に、人生を後悔した。どうして私はここに立っているんだろう。もっと積極的であれば。勉強していれば。留学だって行けば。資格だって取っていれば、私はここに立っていなかったかもしれないのに。
何から何まで嫌になっていると、ガチャリと目の前の扉が開いた。
「こんにちは」
「……こっ、こんにちはっ!」
いつものように頭を下げかけて、今はいつもの自分ではないんだと顔を上げて視線を合わせながら挨拶する。自分でも思ったより声が大きくてびっくりしたけど、お隣さんは特に気にした様子もなくいつもの愛想の良い笑みを浮かべている。
「今日はどうなさったんですか?」
「……前にもらったチョコレートのお返し。いつもどうも」
「ああ、そんな。わざわざありがとうございます」
「い、妹からも、お礼をしに行けと言われたから」
私は「姉」、「姉」、「姉」と何度も自己暗示しながらそう言う。するとお隣さんは、不思議そうな顔をした。
「あれ……? 妹さん? 一緒に暮らしているのってお姉さんじゃなかったですか?」
「ち、違う! 私が姉で、いつもあなたが会っているのが妹っ! 私とあなたは初対面!」
そこで初めて、私は気づいた。いまの私は服装をちょっと変えて、イメチェンしただけの女であると。いくら雰囲気が違うといえど、別人ではない。本人なのだから当たり前だけど。これでこの「私」をいつも会っている「私」と思わない方がおかしい。
「ふ、双子なんです! 私が姉です! いつも妹がお世話になっています、はじめまして!」
思い立った言い訳が、双子だった。阿保みたいな言い訳だ。
お隣さんは、そうなんですかと納得したのかしていないのかわからない声色で言う。
「それじゃあ、はじめましてお姉さん」
「はい、はじめまして!」
「妹さんにはいつもお世話になっています」
「あら、そう? 妹は口下手だし、あなたを退屈させてそうだけど。相手をしてもらって申し訳ないぐらいだわ」
姉の役になりきって、さりげなくいつもの私の態度を言い訳しておく。愛想が悪いけど、無視してるわけじゃないの。口下手なだけなの。
けれどお隣さんは笑いながら首を横に振った。
「そんなことないですよ。就職が決まってこっちに一人で来て、話し相手もいなく寂しかったものですから。僕の方こそ申し訳ないぐらいです。妹さんにはいつも、僕の無駄話を聞いてもらってばかりで」
「気を遣わなくても、いいんだけど」
ひとりぐらし二役