テーマ:お隣さん

ひとりぐらし二役

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「こんばんは。ゴミ出しですか」
「はい……」
「プラスチックゴミの日でしたっけ?」
「はい……」
「プラスチックゴミはいっぱいあるんですよ。僕はごはんを作りませんから、買ってきたお弁当容器が溜まっちゃって……」
「はい……」
 やっぱり私はつまらない返事しかできなくて、それでも彼は話し続けた。一人分のゴミの量で嘘がばれるかと思って冷や冷やしたけれど、他人のゴミの量をちらりと見ただけで家族構成まで分かる人がそういるわけがないことに家に帰ってから気が付いた。

 また別の日。その日私は家で、寝間着のままソファでごろごろしながらお気に入りの動画を見てくつろいでいた。おいしい天ぷらの揚げ方の動画は、見ているだけで心とお腹が満たされる。
 休日を満喫している私に有り難くない音、インターフォンが耳に入ってきた。しかたなく上に白いパーカーを羽織って寝間着を隠し、玄関扉を開けに行く。するとそこには、お隣さんが立っていた。思わず口をぱっかり開けてしまった。
 彼はにっこりと笑って、手に持った白い紙袋を私の前に差し出した。
「これ、友人から旅行のお土産を貰ったんですけど、あまりにもたくさんで食べきれなくて。もらっていただけませんか?」
「……はい」
 受け取った紙袋の中をのぞくと、カラフルな包装がされたチョコレートがはいっていた。顔を上げると、お隣さんの眩しいほどの笑顔が視界いっぱいになる。
「期待以上においしかったんですよ。おいしいものだったから、ぜひお裾分けしたいと思ったんです」
「ありがとう、ございます」
「お姉さんと一緒に食べてくださいね」
 彼の言葉がチクリと針のように私に刺さる。「お姉さん」だなんて、耳に痛い。だって嘘なんだもん。
「……そういえば、お姉さんには一度も挨拶したことが無かったですね。今度ぜひ挨拶させてください」
「……は、い」
 扉を閉めて、しばらくと呆然とした。はっと意識を取り戻したのはどのくらい後だったのか。目が覚めたように正気に戻った私は思考を回転させた。
 姉なんて、どうしてあの時の私は口走ってしまったのか。どれだけ悔やんでも悔やみきれないけど、今更考えてもしょうがない。今考えるべきことは、どうすれば私に姉ができるのかということだけ。お母さんに頼めばお姉ちゃんを今から作ってもらえる、わけがないし。誰か友達に頼んで、お姉さん役をしてもらう? でもこんな馬鹿な嘘ついたって、誰にも言いたくないし。
……もう、私がやるしかない。

ひとりぐらし二役

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