隣の家の弟
あの日、ユウキくんちの玄関を開けると破裂音がして、クラッカーの色の流線がだらしなく頭にかかった。わけがわからないでいると、目の前が白くなった。そして舌が甘い。ケーキをぶつけられたのだ。ちょっと、いや、かなりむかついたけれど、それでも、生クリームの隙間からみんなが笑っているのが見えたから、私も笑った。笑っていると、本当に楽しくなった。「で、これ、なに?」私が聞くと、弟がいった。「内定祝い」「あと、お別れ会」とユウキくんがいった。「おれたちから」と弟がいった。「わたしとパパからは一回したけど、でも、こうやってまた昔みたいに集まれたらいいなって」と母親がいった。それから、ユウキくんちの玄関の前で、みんなで集合写真を撮って、写真は家族に共有された。
それからもう三年になる。弟は結局予備校をやめたらしい。なにがしたいのかとかは知らないけれど、好きにしたらいいと思う。自分の責任なのだから。ユウキくんはもう、すぐに就職だろう。実家にはぜんぜん帰れていない。連絡も、一年目は頻繁にしていたけどだんだん、自然になくなっていった。弟がユウキくんの就職だとかを祝ってくれていたらいいと思う。
先輩が女の人と腕を組んで歩いていて殺伐とした。妹とか、じゃない? といっしょにランチを食べていた同期たちはいってくれたけれど、そういうのではないと思う。わざわざ有給を取った日に会社の近くでデートするなんて、と私はその場ではパスタをがっつきながら怒ってみせたし、業務の忙しさに任せてなにも考えないようにしようとしたけれど、家路ではふつうに落ち込んだ。泣きそうになって、もう先輩とは無理なんだとわかって、そのことに悲しんでしまったことで、先輩のことが好きだったということが作り出されたみたいだった。でも、だめなんだ。忘れないといけない。なんにもなかったみたいに、だれにも迷惑をかけないように、あしたからまたきのうと同じ自分でいないといけない。
家に帰って、雪が降りはじめたけれど、缶ビールを飲みながらたばこを吸おうとベランダにいくと、向かいの部屋のベランダが開いて、現れたのはユウキくんだった。はにかむ顔の向こうに見える、壁にかかった写真のなかには三年前の私たちがいる。私の顔にはまだケーキがたくさんついていて、両隣にいる弟とユウキくんに生クリームをつけようとしている。その瞬間、そこから私たちはどうしたんだっけと、これから聞いていけばいい。
隣の家の弟