隣の家の弟
早目に荷物を詰めておこうとクローゼットの中身を床にぶちまけて、その途方もなさに打たれた。まだ日があるからきょうはこのくらいでいいかもしれない、いや思いついたときにやってしまった方がいいかもしれないと決めかねて、ベランダに出てたばこを吸うとユウキくんのお父さんが庭に出ていた。きょうは仕事が休みみたいで、三月の温度を気にしながら透明なゴルフクラブを振っていた。いや、というか野球バットみたいだ、どっちにしても下手だった。上から見ているとユウキくんが庭に出てきてお父さんに話しかけた。私が見ていることに気づいてふたりとも小声になった。
ガムテープとか緩衝剤がないかと物置を探してもなかったので、仕事帰りに買ってきてとLINEをした。既読されたけれど父親は買うのをわすれてきた。
きょうも弟が電話で話していて、「ちょべりぐ」と聞こえてくる。うるさいので壁を、パンチしたら小声になった。それではよく聞こえないので壁に耳をぴったりくっつけた。話の詳細はわからず、弟が電話を切ったのがわかった。偶然にも、横目で見ていた隣の家の二階の部屋のなかでユウキくんが電話を切るタイミングと同じだった。
ユウキくんは変な体勢でそっちを見る私に気づいてカーテンを閉めきった。それから少しカーテンを開けた。まるで私に見られたがっているみたいだった。たばこの銘柄も同じだしユウキくんは私にあこがれているのかもしれない。
昔は弟の方が私のまねをしていた。まだ私たちがずっと小さかったころ、弟は私に合わせて日曜日の朝に魔法少女ものを見ていて、親に買ってもらった変身アイテムをずっと持ち歩いていた。ちょうどそのころだろうか、ユウキくん親子が隣に引っ越してきたのは。ユウキくんの両親とうちの両親はたしか母親同士が昔からの友だちで、隣が引っ越してきた次の日にうちの庭でバーベキューをすることになった。私と弟が魔法少女たちのけっこうすごい格闘シーンを足元でちょかちょか演じているところにユウキくんはなかなか入ってこれなかった。母親たちは同級生たちがいまなにをしているかだとかを話すのに忙しく、Facebookみたいな会話が連射されていた。ユウキくんのお父さんはけっこう歳が若く、実際若く見え、最初から感じがよく、隣の家のパパというよりはかなり歳の離れた兄という感じだった。うちの父親は当時からすでに禿げつつあり、バーベキューに対してのリーダブルを発揮してユウキくんの父親と張り合おうとしていたみたいだった。私と弟が箱に詰められたバーベキュー用の炭を悪の怪人にして殴る蹴るなどの暴行をくわえて、魔法少女の必殺技を叫んで砕いて踏みつぶし高笑いし、満足感にあえいでいると、変なの、とユウキくんがいってきた。男なのに女の子だ、と弟に向かって。
隣の家の弟