テーマ:ご当地物語 / 長野県長野市

花が咲く街

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 「やだぁ、褒めすぎぃ。なんにもでないからね。それに私お母さんに絶対似てないから。」
 そう言いながらも思わず顔がゆるみきってしまった。理由はどうであれ今、『大好き』と言われたことがたまらなくうれしかったから。あったかいオーラに包まれ、気付かれないようにちょっとだけ上を向いた。あったかいものが溢れてきそうだったから。

 今、咲子は幸せだった。自分自身も母となって、知ったことがあった。親と言っても、一人の人間であると言うことを…。母はああいう人だったのだ。そう思えたら楽になった。楽になったらこの街のあったかいものがたくさんみえてきた。おばさまの家庭はもちろんのこと、かつてやぼったいと思えたことも、融通がきかないと思っていた近隣の人たちも、新たに知り合った友人達も、そしてもちろん実家の両親も、兄もめちゃくちゃあったかい。街中のあたたかさに支えられて生きている。
 寒く雪の多い冬を乗り越え、やっと花をつけた今年の桜もやがて散っていく。しかし、そのあとすぐに追いかけるように白とピンクの『はなみずき』や『さつき』が街中を埋め尽くすはずだ。同時に黄色い『やまぶき』、『菜の花』大きな白い『木蓮』、紫色の『ふじ』などが彩を添える。華やかな、薔薇たちも次々と顔を出してくれる。咲子の家の庭にも『やまぶき』が植えてある。小さな頃見た可憐な黄色が忘れられずわざわざ植えたものだ。今朝みたときは、まだ蕾が少しあるだけだったが、きっと今年も可憐な花を見せてくれるはずだ。その時も咲子は黄色い花を眺めながら、また黄色い世界に吸い込まれていくことだろう。
 かつて、さみしさから逃れようと潜った海の中から見たブルーの空はここにもある。タンクを背負わずとも、上を見るだけで出逢える。しかも何十色もの彩がまわりを埋め尽くしている。
 少し田舎臭いこの街は、おしゃれなカフェもなければ、スーパーマーケットもない、なんのとりえも無いように見える街ではあるが、あったかい人達があったかい家庭を作り、街を守っている。それぞれの家庭のあったかさが、街全体に溢れ出ている。やっぱりこの街は懐かしい匂いが染み付いた咲子の居場所だったようだ。
やがてこの場所から愛する息子も旅立っていくのだろうか。そして帰りたいと思うこともあるのだろうか。息子がそんなことを考えるのは何十年も先のことだが、その時まで、この街を、この景色を守ることも必要なことかもしれないと思い始めた。

花が咲く街

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