花が咲く街
「おばさま、ただいま。おじさまは?」
「今日は生涯学習の講義に行ってるのよ。そのあとは、絵画教室だってぇ」
「相変わらず、忙しいんだ。」
「そうなのよ。年をとってきたらますますやりたいことだらけらしいわ。今、誰もいないから上がって。」
「はあい。お言葉に甘えて。」
勝手知ったる家の中に入っていくと、ほんのり甘い香りがしてきた。いつものおばさまの香りだ。庭の桜のせいか家の中まで桜色の空気が漂っているように見える。ピンクのエプロンをゆらしながら妖精のようなおばさまはうれしそうに二階から降りてきた。
「このところ毎朝海斗ちゃんが来てくれるから、楽しくてしょうがないわよ。そこの座椅子にふんぞりかえって、子供番組見てるのよ。悠介がね、ぼそっと起きてくるとすかさず『おはよー』って元気に挨拶してくれるから悠介もたじたじよ。『偉そうだなあ』っていいながらもうれしそうにしてるけどね。」
海斗とは咲子の1人息子。朝、咲子の出勤時間が早いため、保育園の先生が迎えに来るまで預かってもらっている。なまいき盛りの5歳児に、おばさまの息子である30歳になる悠介くんが、毎朝歓迎されてるらしい。
「ごめんねぇ。海斗はわがままだから。いい迷惑でしょ。でも本当に助かってるんだ、もう少しお願いしていい?」
「いいのよ。こっちもいい刺激になってるのよ。悠介もいままで挨拶もしなかったのにふつうにできるようになったしね。」
「ありがとう。」
「そういえば、咲ちゃんいつも集会場の桜の木眺めてるでしょう。今日も見てたの?」
「あれ、知ってたの?恥ずかしい。ここの桜も見てるけどね、今年は早く咲いちゃつたね。もう満開。」
「そうなのよ気が付いたら満開だった。桜っていえばさあ、咲ちゃんのお母さんて、花が好きでしょ。庭だってお花だらけだし。でもね桜が一番好きでね、咲ちゃんの名前を付ける時も『さくら』って付けたかったんだって。でもね、お父さんに反対されたのよ。
『桜はすぐ散っちゃうだろ。』
だって。まあそうよね。だから『咲子』になったんだって。桜に限らずいろんな花が咲くって意味でね。」
「そうなんだあ。初めて聞いた。いつもあんな仏頂面してるのに、そんなふうに考えてたなんて。私のことなんかなんにも考えてなかったと思ってた。」
「あらあ、案外いろいろ考えてたのよ。咲ちゃんのことは特に気にしてたわ。きっと咲ちゃんにはわからなかったと思うけど。自分が気にしてることなんか本人に言うもんじゃないって思ってたみたいだから。弱みをみせないとこなんか頑固で、強くて、かわいい人よね。私ね、そんな咲ちゃんのお母さんけっこう好きよ。咲ちゃんも結構お母さんに似てるとこあるわよ。でも不思議よね、似てるけど同じじゃないのよね。受け継いだものってそのまんまじゃないんだよね。今の咲ちゃんの中では咲ちゃんらしく進化してるんだよね。私からみれば本当に素敵に進化してると思うよ。咲ちゃんもほんとに強くてかわいらしいくて、大好きよ。」
花が咲く街