花が咲く街
「蓉子さん、お疲れさまぁ。」
「あっ咲ちゃんお疲れさまぁ。いま帰り?さすがに連休明けは疲れるね。聞いてよ。うちなんか三人のごた息子のおかげで、朝から大騒ぎなのに、加えて今日から旦那さんがお弁当もちってゆうもんだから、4つもでか弁作ることになっちゃてさあ。早起きがきついわあ。寝不足は免疫力ガタ落ちの元だよね。このところ疲れやすくて。咲ちゃんとこの海斗ちゃんは元気に保育園行ってる?」
「おかげさまで、最近あんまり熱ださなくなったから、呼び出されることもなくなって助かってる。早く蓉子さんとこみたいに高校生くらいになってほしいな。」
「なに言ってんの、今が一番かわいい幸せな時よ。海斗ちゃんは今、精一杯親孝行してんだから、大事にすごして欲しいな。私のほうが、うらやましいよ。あっとゆう間に足の臭い男になっちゃうからね。じゃまたね。」
咲子の肩を軽くたたくと蓉子先輩は元気に走って帰っていった。
蓉子はパート仲間の大先輩であり、人生の先輩でもある。蓉子先輩に言われるとなぜか気持ちが落ち着く。『考えてみれば私の周りには、そんな存在がたくさんいるかも・・・。』
咲子はしあわせな気分で最寄駅である電鉄の始発駅に向かった。咲子の家は、職場のある市街地より東に電車で15分ほどの、市街地に比べればかなりの田舎街にある。この電鉄も万年赤字路線と言われており、通勤時間以外はびっくりするほど、乗客がいない。ひとえに地方特有の1人1台から2台所有しているという車社会のせいではあるが、学生や高齢者、駐車場のない市街地への移動には欠かせない大切な交通手段になっている。また終点には猿の温泉などで有名になった観光地があるので、猿にちなんだ名前の電車や、かつてロマンスカーと呼ばれた電車も一日に何度か走っていて、沿線の住人にとってはちょっとした誇りにもなっている。もちろん小さな頃から電鉄とともに生きてきた咲子にとっては愛着のある大好きな電鉄である。
下りの電車は10分程で出発した。ありがたいことに咲子のパートは午後1時すぎには終わるので、毎日余裕で座って乗車することができる。やわらかな座席に座り、心地よい振動に揺られると睡魔に襲われる。
3つめの駅を過ぎたあたりから、しだいにあたりが明るくなってきた。咲子は慌てて背筋を正した。大好きな瞬間がやってくるからだ。この電鉄は地方では珍しく、始発駅から3つめの駅の少し先までは地下鉄になっている。咲子は地下から地上にでるその瞬間がたまらなく好きなのだ。いくつになっても、毎日見ていてもワクワクドキドキする。
花が咲く街