さよなら円盤
「あーあ、これから転職活動や」
店内は人もまばらで、陳列棚は櫛の歯が抜けたようにすかすかで風通しが良かった。新譜が一枚もないから。もう、どこのレコード会社もダイオンとの契約を打ち切ってしまい、商品の発注もできない状態だ。だから、新譜を入荷したくても、できない。うちの会社も今月末をもってダイオンとの契約を切ることに決まった。注文書の発送は中止され、店舗コードは削除される。
「ダイオン三ノ宮店」の赤紙を、あたしは、一言一句丁寧に、大切に、書いた。怒りがこみ上げて、ちくしょう、と思いながら書いた。
ちくしょう。
どこに怒りをぶつければいいのかわからず、やるせない気持ちで唇を噛んだ。
「あれが、いまのうちの主力商品や。情けないもんやで」
店長が入り口を指さす。いつもなら、今週の新譜が並ぶ店頭入り口横には、乾電池の入ったワゴンが、ちんまりと置かれていた。
ちくしょう。
あたしは、店長の目の前に、両手に提げた紙袋を、ずいっと突き出した。店長が一歩後ろへ下がり、あたしは一歩前へ踏み出した。
「売り尽くしますよ、旧譜!」
それから、あたしと、アルバイトの女の子とで、店内をこれでもかというくらい飾りつけた。営業所の倉庫から拝借してきたありとあらゆる販促物ポスターに、切り抜きポップに、パネルに、ミニスタンディ を貼ったり立てたりぶらさげたりし、店内の全てのモニターにプロモーション映像用DVDをセットした。まるで、文化祭か、お誕生日会の準備のようだった。
アルバイトの女の子は紙テープで輪っかを作るのがえらく上手で、きけば、まだ高校生らしい。女の子はえへへ、と笑い、
「あたし、ほんまにほんまにほんっまに、音楽が好きなんです!」
瞳を輝かせ彼女は言った。これから就職活動で、うちのレコード会社にも、エントリーシートを出すつもりらしい。
「仕事、楽しいですか? 毎日音楽に囲まれてるって、どんな気分ですか?」
あたしは、ダイキの切り抜きポップを陳列棚に貼り付け、ちょっと考えて答えた。
「毎日がワンダーランドだよ」
と言った。この表現が、一番ぴったりな気がした。ええ仕事だよ、と付け足す。
「毎日がワンダーランド……」
彼女はうっとりとつぶやいた。そうだよ。あたしたちが今いるここだって、実はワンダーランドなんだよ。
「閉店まであとちょっとやけど、最後まで見届けてってや」
帰り際、店長がくしゃくしゃと頭を掻きながらあたしに言った。あたしは深く深く一礼し、ダイオンを後にした。振り返らずにずんずん歩いて行くつもりだったのに、たまらずあたしは振り返る。遠ざかっているはずなのに、入り口に立つ店長の姿は、なぜかどんどん大きくなってくるように見えた。あたし駆け出した。
さよなら円盤