さよなら円盤
「ぼくんちは親父の代からレコードをやっててね、洋楽やアイドル全盛の時代には乗りに乗ってたんよ。なんせ音楽漬けでね。あんたみたいな、若いレコード会社の営業さんが、毎日うちに来はったで。でもあまのじゃくのぼくは、みんなレコードに夢中な時期に、親父の仕事に反発してたんや。物質主義の時代はじき終わんねん、レコードがなんや、ただのうっすい円盤やないか、って、普通の会社に就職してな、店は、弟が継いだんよ」
先輩からきいた話によると、「ダイオン」社長の弟さんは、二〇年ほど前に交通事故で亡くなり、その後を継いだのが今の社長、とのことだった。
ジョン・レノン、知っとるやろ? ときかれ、あたしはうなずく。
「ジョン・レノンが暗殺されたんは、もう三〇年以上前のことや。ぼくは働き盛りで、会社でもまぁまぁ偉なってて、結婚して娘もおった。あの日はちょうど実家のそばまで来たんで、店に寄ってみたんや。もう夜で閉店したあとやったけど、勝って知ったるじぶんのうちや。裏口から忍び込んで、弟をおどかしたろ思って、抜き足、差し足、弟の部屋に近づいていった」
社長はそこで言葉を切り、しばらくだまっていた。窓の方を向いた社長の瞳は、眼下のアーケードではなく、三〇年近く前の廊下を映していた。
「まっくらななか、細い明かりが部屋から漏れててな、すき間からのぞいたら、弟の背中が見えた。レコードを聴いてた。ジョン・レノンの『Imagine』やった。わっ、て飛びつこうとかまえた、その時、気づいたんや」
社長が、こちらに向き直った。
「弟、泣いててん」
泣いててん。社長は、もう一度言った。
「レコード聴きながら、背中震わせて涙ぽろっぽろこぼしてたんや。ぼくといくつもかわらない、三〇もとうにすぎた、ええ大人がやで。どんな気持ちで棚からレコードを出して、ジャケットから抜いて、針を落としたんやろな。あん時の弟の背中と、『Imagine』は、生涯忘れられん」
そう言って、コーヒーを飲み干した。あたしは、生クリームのあとが残るからのお皿を眺める。からっぽのお皿に、レコード店の黄金時代を思い描いてみようとしたけど、想像もつかなかった。
そろそろいこか、と社長が腰をあげた。
「来週末はぼくと北部へ遠足やで」
とにっこりする。
「はぁ、北部?」
突然の言葉に椅子を蹴って立ち上がるあたしに社長は、あれぇ、きいてへんの? とけげんな顔をし、
「毎年の恒例行事や」
さよなら円盤