テーマ:ご当地物語 / 神戸

さよなら円盤

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 そか、ええ、ええ、社長はうんうんとうなずいた。
 「終演いつや」
 「……一時間半後です」
 「じゃ、お茶しにいこか」
 そう言いながら、社長はすでに、即売所に背を向けて、歩きはじめていた。
 元町のアーケードには、東京のデパ地下にあった洋菓子屋さんの「本店」がぽんぽんあるから、驚いてしまう。あのチーズケーキの店も、ゴーフレットの店も、本店、本店……本店だらけだ。社長とあたしは、バームクーヘンで有名な洋菓子屋の本店に入った。週末で店は混んでいたけれど、運良く窓際の広い席につくことができた。
 「切り立てのバウムクーヘンもうまいけど、本店でしか味わえない、こーんなでっかいショートケーキがおすすめやで」
 大げさではなくそのショートケーキは高さがあり、立たないからか、お皿に寝かせて、アイスクリームと生クリームが添えられてやってきた。店長が別現場で頑張っている時に申し訳ない気持ちもあるにはあったけれど、ラッキー。ありがたく頂戴した。
 「あんたも、かわいそやな」
 カップをソーサーに置き、突然、社長が言った。
 意味がわからず、ショートケーキから顔をあげて社長を見る。社長は笑顔を崩さないまま、続けた。
 「こんな時期にレコード会社に入社したって、なんもええことないで」
 コーヒーを一口すすり、
 「CDはな、斜陽産業や。それに、いまは営業所いうても、受注はほとんどのチェーンが東京本部統轄やろ」
 こんなこと、入ったばかりのあんたに言うのも気の毒やけど、とカップに目を落として付け足す。あたしが何も言えずにいると、
 「あんた、CDはレコードになれると思うか?」
 ときかれた。あたしが答えるのを待たず、社長は言った。
 「レコードは盛りをすぎてCDにとってかわられたけど、いまだにレコードの音がええ、ジャケットがええって、コレクションする愛好者が、ファンが多いねん。懐かしいレコードや、レアで状態のええもんは、喉から手が出るほどほしいっていう輩がぎょうさんおって、オークションでも高値がついとる。いわば、骨董や。アンティークや。さて、CDは、どうかな」
 「はぁ……」
 社長は、「ファン」を「ふあん」、「アンティーク」を「アンチック」、と発音した。
 あたしはレコードの全盛期をよく知らない。
 「コンテンツにとって、ハードは落ち目でしょうねぇ」
 そうつぶやいてから、「ダイオン」がまさにそのハードを扱うチェーンであることに気づき、あっと思った。しかし社長は、そうなんだよねぇ、と目を細めて白髪をかき、こんな話をした。

さよなら円盤

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