テーマ:ご当地物語 / 神戸

さよなら円盤

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 箱に詰まっていたCDを、販売用の机の上に値札を貼って並べる。まだ足もとに二箱の在庫があり、
 「こんなに売れるんすかね」
 ポスターを巻く手は止めずに思わずつぶやくと、店長が金切り声をあげた。
 「『売れるんすかね』じゃないねん! 売るんや!」
 そう。CDを売るために、このポスターだって、奮発して会場購入者特典とすることにした。会場ホール外で即売をするCDを売るのは、至難の業だ。一枚も売れない時さえある。コンサートにつめかけるのは熱烈なファンばかりなので、改めてここでCDを買う人などいないから。ちらほらとひやかしに来ては商品を一瞥し、
 「うち、これもう持ってる。これも」
 とつぶやき、通りすぎてしまう。だからなんだよ、買わないなら来んな、といらいらする。ところが、特典があるとなると、話は別だ。例えば、ライブ会場でCDを買うと、先着でポスターがついてくるとか。サインまで入っていると、なお良い。だから先週、
 「即売に特典がつかんって、どゆことや! おたくら、売る気あるんか!?」
 という店長からのお怒りの電話をいただいてから、あわててアーティスト事務所に掛け合い、急遽特典用のポスターを届けてもらった。全部にサインしてもらうのはさすがに間に合わなかったけれど、十枚につき一枚の確率でサインが入っている。
 会場の外で声援が響いた。開演時間がせまっているようだ。
 「あーやだやだ、どっと来る前に、別現場いくわ。そのうち社長が来てくれはるから、お金の管理、よろしくな。ゆっくりでええから、おつり間違えんといてよ」
 店長は今日、別のコンサート会場の即売も掛け持ちしている。最後のポスターをぽういと箱に放り込むと、ぱんぱんのリュックサックを背負い、折りたたみ式の台車片手に、あーいそがしい、こんなんじゃフィギュアもつくれへーん、とわめきながら、ホールのエスカレーターを駆け下りていった。
 開場時間だ。エスカレーターを駆けあがって来るたくさんの足音、悲鳴。
 (めんどくさ)
 CDの山にどたーっと突っ伏したくなった。あー東京へ戻りたい。

 午後になって、ぶらりとダイオンの社長がやってきた。社長は、店長とは正反対のおだやかなおじいちゃんで、いつもゆるいトレーナーを着て、にこにこしている。
 「どやった?」
 CD即売コーナーで終演を待つあたしに、にこやかに尋ねる。
 「やっぱり特典ポスターがついていると、反応が違いますね。入りの時点で、もう半分くらいははけましたよ」

さよなら円盤

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