ヘルとテル
母親が送ったメールはこうだ。
メルヘンランドしつけ係さま
このメールでちょうど100通目のメールになります。このメールに返信がなかったら、いい加減、子どものしつけは自分と夫でなんとかしようと思っています。以下、1通目のメールとまったく同じ内容です。
はじめまして。私の家には息子がふたりいます。今回、しつけをお願いしたいのは、弟のテルの方です。毎朝七時から、ローカル局で童話劇場がやっているのですが、テルは近頃それにはまりっきりです。なかでも、「ヘンゼルとグレーテル」が大のお気に入りのようで、ぼくもこれがしたい! といって駄々をこねる毎日がつづいていました。私と夫も、なんとかしてやりたいなと思ったのですが、この辺りに森はありませんし、ましてやお菓子の家も、魔女もいません。あったとしても、とっても危険です。子どもを森で迷わせるだなんて! このまま、時間が過ぎるのに任せて、テルをやり過ごそうかとも思いましたが、テルのわがままは加速するばかりです。厳しくしかっても、まったくいうことを聞かずに、食パンをちぎっては投げ捨てるばかりです。そんなときに、メルヘンランドのしつけプログラムのことを知りました。料理教室の友人が教えてくれたのですが、その友人の子どもはメルヘンランドで「桃太郎」になりきったことで欲求が解消され、なんと、その後すっかりいい子になったというではありませんか! 倍率が高いのは知っています。けれど、すがるところがあるならば、私たち夫婦は、すがりたいのです。
それではどうぞ、よろしくお願い致します。
おばあさんはいま、魔女の格好をしてお菓子の家づくりに奔走されているが、打ち合わせのときはもっと頼りになりそうだった。メイクで皺を書いたり、頬を垂らしたりもしていなかった。では、過度な恐怖心を引き起こさせないために、まずはランド内の森をざっとテルくんといっしょに歩いてください、ときびきびとした声で段どりを進めるおばあさんに両親は安心した。テルくんにヘンゼルとグレーテル的スリルを与えているあいだ、えっと、じごく、くん? はどうしてますか、とおばあさんが聞くと、ああ、地獄と書いてヘルって読むんですよ、と父親が答えた。少し自慢気だった。そうですね、うーん。どうしよっか。いっしょに、体験させたらいいんじゃない? あのお、追加料金とかはかかりませんよね、ひとり増えても。ええ、そちらはご安心ください、ですが、当日になって打ち合わせから大幅に変更が生じると、こちらとしても準備というものがありますので、その場合は追加料金を後日請求させていただくことになります。あ、そうなんですね、わかりました、でも、大丈夫です。
ヘルとテル