テーマ:一人暮らし

花も涙も置ける部屋

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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『学校もうやめる』
 返事はそれだけだった。どうして? なんで? なにがあったの? 話して? 何を言っても返事はそれ以上なかった。私はなり続ける心臓を抑えられず一方的に言った。
『待ってる。お店の前で今から朝までずっと待ってる。おにぎり持ってく』
 私は今までにないくらい必死に急いでおにぎりを握って、近くの自販機の缶コーヒーを買った。夕方6時だった。私は夕暮れの中アパートの階段に座って、ただただ待った。そのうちにスナックの開く時間になり、そこは少し賑やかになった。酔っ払い客が絡んでくる。何人も。何度も。それでももう恐怖は感じなかった。そんなものどうでもよかった。ただひたすら柊也を待った。にこりと話しかけてくれる柊也。いつも気持ちに寄り添ってくれる柊也。気にかけてくれる柊也。会って話したい。私も力になりたい。
「アイカちゃん!」
 遠くから声が聞こえてはっとすると、秦野さんが心配そうにこちらを見ていた。気づくともう辺りは明るくなってしまっていた。
「なにしてんだい。ここにずっといたのかい」
 硬くなったおにぎりは足元に転がっている。あたりを見回して私は悲しさでいっぱいになった。柊也はこなかった。
「どうしたんだい」
「ごめん、秦野さん。私学校いく」
 私の心臓はまだ早く鼓動していた。部屋に戻って花に水もやらずに私は着替えて登校した。柊也の席はやはり空いたままで、誰も気にする人も、話す人もいなかった。無視されたまま、悲しそうなままの机。時間がたつほど、心臓はおちついたが、今度は悲しい気持ちに落ちていった。
 お昼の時間になって、私はお弁当も食べずにベランダから外を見ていた。柊也がくるのではないか。そう思ったとき、私は力なく一人で歩く私服姿の男子をみつけ、思わず叫びそうになった。柊也! 一心不乱になって私は駆けた。周りの目も気にせず、ただただ走った。
「柊也!」
 校門を出ようとしていた柊也が足を止めた。
「柊也。どうして無視するの」
 息が切れて声が裏返る。心臓がはちきれそう。
 柊也がそうっと振り返ると、私の心臓は止まった。深くかぶったキャップの下の目は黒い痣に囲まれていて、片目は眼帯で隠れていた。見える方の目は潤んで、見たこともないくらい悲しい目をしていた。言葉が出なかった。
「……退学届、だしてた。もう、会わない」
 そう言って柊也は全部の不幸を背負ったみたいな背中を向けてまた歩き出した。私はどうしようもない気持ちになった。

花も涙も置ける部屋

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