テーマ:一人暮らし

ひとつ星にてらされて

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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同じ足立区に住んでいることは人づてに聞いて知ってはいたけれど、まさか同じ駅の、それも同じマンションに暮らしていたなんて。まるで宝くじで一等賞を当てた気分だ。
 少し大げさかもしれないが、確率的に考えてみれば、あながち間違ってもいないだろう。
 上京してくる前にずっと頭に思い描いていた理想の部屋を前にして、みきは天にも昇る心地で真っ赤に充血した理系脳をぐるぐると巡らせてみた。
 今年の入社希望者数における採用者数の割合は、ざっと計算して三百分の一程度といったところだろうか。それに、国内外含めて八十ケ所を越える事業所のうち同じ勤務地で仕事をする確率をかけあわせて・・・。

「俺も、竹ノ塚駅なんですよ」
「え?そうなの?」
 ふと彼がビールを注ぎながら口にした衝撃の言葉を思い出すなり、頭の中で氾濫していた数字の高波はもろとも崩れていった。驚きとともに心の底からふつふつと湧き上がってくるうれしさのあまり、みきは思わずもう少しで黄金色のビアグラスを横に倒してしまいそうなところだった。
 いつもは山手線をぐるりぐるぐるあてもなく回っているようにとてつもなく長く感じる会社の飲み会も、女子社員たちの間で目の保養にぴったりだと人気急上昇中の新人くんが挨拶回りがてらにそのまま隣に座ってくれたおかげで、終始顔はほころびっ放し、口角はあがりっ放しだった。つまらない仕事の話などは抜きにして、駅周辺のおいしいレストランや地域のイベント情報などについてざっくばらんに話しているうちに、二時間飲み放題つきの宴会コースはあっという間に過ぎ去っていき、同僚のなみこを始めとして女子たちの恨めしそうな視線を背後にびしばし受けながら、みきは申し合わせたかのように男と並んでうす暗い夜道を歩き出したのだった。
 いくら会社の後輩とはいえ、すらりと背の高い若い男とふたりきりで歩く気分は、想像以上になかなか心が躍るもので、みきは酔いも相まってとろんとした目つきでときおり男の凛々しい横顔をぼんやりと見上げるのだった。会話の合間に見せる少年のような無邪気な笑い顔をちらちらと窺うたびに、胸の奥の泉はぴしゃん、ぴしゃんと小さな水しぶきをあげたが、みきはなんとか平常心を保とうと必死にあがいた。
「わたしはこっちなので、また明日。おやすみなさい」
 電車を乗り継いで最寄り駅に着いたとき、みきは心の中で何度か繰り返した言葉をやわらかい声にのせてさらりと口に出してみたのだが、言い終わらないうちにばっさり遮られてしまった。

ひとつ星にてらされて

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