Forget Me Not
「あのさ、205って、すこし語尾のイントネーションが変わっているよね」
するとマナさんは真っ赤になった。
「それ、205の調子が悪かった時、あたしが栄養水をかけちゃったからだわ。ばかね。植物の病気にはよく効くの。あたしが独自に肥料をブレンドした、特別な水なのよ」
僕が吹き出すと、つられてマナさんも笑った。
「205は機械だけど、あたしのだいじな友達なの。それって、おかしいと思う?」
「いや、機械と人との、理想の関係だと思う」
僕の言葉に、マナさんは安心したように微笑み、
「205の様子、たまに教えてくれない?」
そう言うと、
「そろそろ行かなきゃ」
言い残し、バイオプラントへ戻っていった。
「また会いにくるよ」
僕はその小さな背中に呼びかけた。
実習が終わり寮へ帰ると、いつものようにタイマーライトがパッパッ、とついた。タイミングよくお風呂の沸くアラームが鳴る。
「おかえりなさイ。お荷物が届いていまス」
と、スピーカーから声が降ってきた。昨日注文した「頭スッキリ目もシャッキリ!」の栄養剤の箱が、宅配ボックスに入っている。僕はそいつを一本取り出し、もう一本をカメラレンズに突き付けて笑った。
「205、きみも一本、どう?」
205は、しばし沈黙していたが、
「結構でス。私の人工知能にもレンズにもこれといった不具合はありまセんし、私は、栄養剤と、どうも相性が良くないようでスので」
と、答えた。マナさん特製栄養水の話を思い出し、僕はおかしくなった。
「今日、マナさんと会ったんだ。きみのことをとても大切な友達だって話してた」
心なしか、タイマーライトが明るくなったような気がした。
「マナさんからは、たくさんのプレゼントをいただきまシた。システムのアップロードでも、新機能のインストールでもない、かけがえのないもの。でも私はまだ、マナさんに何のお返しもできていなイ」
すると、205は、ホログラムのように像を結びはじめた。次々と部屋に立ちあがるのは、南国に生えているような植木、肉厚の葉が何方向へも伸びている小振りな草、大中小のサボテン、ハーブ、べろんと舌を出したような毒々しい色をした大きい花に、その葉からひっそりと垂れる宿り木、鞠のように群れて咲く、親指の先ほどの色とりどりの花々、天井から釣下った透明な丸い鉢からこぼれるように伸びる草……。ぐるりと植物に囲まれたアイムーブカメラ205はしかし、なぜかちっとも異質には見えない。傍らに、くすんだブルーのワンピースをまとったマナさんが、まるで一輪咲いた花のようにたたずんでいた。
Forget Me Not