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Forget Me Not

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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いまや科学で説明のつかないことなどない。時代は流れ、技術は進歩する。クリックひとつで欲しいものが自宅に届くのも、電車が時刻通りに来るのも、科学技術が進んだおかげだ。そしてこの僕こそ、将来の新しい技術の革新を担う学生のひとり。この春から理数系に強い大学の工学部へ入学し、学生寮で暮らしている。オートシステム完備の、学校自慢の寮だ。オートロックにタイマーアラームライト、バーチャルプレイヤーにオートクッキングオーブン、セルフクリーニングマシン、そして住人データを管理・認証し、24時間住人の命令に従って身の回りの世話をするアイムーブカメラ。このカメラこそ、我が工学部の画期的発明で、介護やペットの世話などが、おかげでぐっと楽になった。僕は、科学的根拠のないものなど信頼していない。だから僕は、いままさに目の前にいる「幽霊」など、単なる錯覚だと思っている。
 「出るらしいんだよ、205号室。女の子の幽霊が」
 寮長にさんざん脅され、大学からは何通もの契約書を書かされたが、僕はちっとも怖くなかった。それどころか、なんて非科学的な、と呆れてしまった。どうせ、教養課程の2年間だけの仮住まいだ。害のあるぶん、ゴキブリの方がよっぽど厄介ってもんだ。
 「女の子の幽霊」は、あくびをしながら、窓辺のサボテンの鉢植えに水をやっているところだった。女の子の体は半分透きとおっており、たまにザザ、と斜がかかったように乱れる。目覚めたばかりで、頭がぼんやりしているせいだ。だいたい、朝っぱらから、幽霊なんて出るもんか。僕は冷たい水で顔を洗い、洗面所から戻ると、
 「205、朝食の準備を頼む」
 アイムーブカメラに向かって呼びかけた。
 「はい、ただいマ」
 天井のスピーカーから音が響くと同時に、女の子は朝の光に溶けるように消えた。サボテンの鉢植えも。ばかばかしい。
 食卓コンベアで運ばれてきたトーストをコーヒーで流し込みながら、僕はアイムーブカメラに尋ねた。
 「205、今日の予定は?」
 「はい、申し上げまス。9時よリ、ロボット工学の講義、10時30分よリ、応用力学、お昼を挟んで、午後はラボでの共同実習でス。お夕飯の準備は、いかがいたしましょウ?」
 僕は農学部のバイオプラントでできたサラダをつつきながら、
 「任せるよ」
 と答えた。
 「でハ、最近のお食事データより、不足気味の栄養を補う献立をご用意しておきまス」
 ピピッと電気信号が飛び、オートクッキングオーブンが反応する。アイムーブカメラは、本当に便利だ。

Forget Me Not

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