合奏
私はクラリネットを吹く姿などまったく想像できない高橋さんに驚いた。しかし、高橋さんも私がトランペットを吹く姿など想像できないだろう。お互いさまである。これを機縁に私と高橋さんの距離は縮まった。
私は久しぶりにケースからトランペットを出し吹いてみた。小学生の娘と息子が、それを興味深く眺めている。妻が、
「ほんと久しぶりね、急にどうしたの?」と、微笑して問う。私は先の高橋さんとの会話を話し、それで吹きたくなったのだと妻に答えた。
娘がリコーダーを持ってきて、私の隣で吹き出した。私は娘に合わせ二人でカエルの合唱を輪奏した。息子と妻が手を叩いてリズムをとった。私はとても楽しくなった。
高橋さんもクラリネットをまた始めたと、私に笑顔で話す。高橋さんも娘と二人で合奏したと教えてくれた。やはりとても楽しかったと言う。それは良かったと私は思った。今度私とも一緒に合わせませんか、と私が尋ねると高橋さんは快く首を縦にふってくれた。
出勤時斉藤さん家の奥さんとまた顔を合わせた。
「おはようございます。そう言えば最近トランペットを吹いてるんですがうるさくありませんか?」と私は、挨拶がてら伺った。
「旦那さんが吹いてらっしゃるの」と、珍しく言葉が返ってきた。
「はい、お恥ずかしながら僕が吹いてます」
「そう、お上手ね。うるさくないから大丈夫よ」との奥さんの言葉に私は安心した。
最近引きこもりだった斉藤さん家の長男が、奇抜な格好をしてギターケースを肩に出かける姿を度々見る。どうやらパンクバンドを始めたみたいだ。奥さんはそちらを気にしているらしく、うちの子へんな格好してギター持って出かけるでしょ恥ずかしいわ、おほほ、と私に照れ笑いで話した。そのうちアンプを通したエレキギターの爆音が、夜中に斉藤さん家から聞こえてくるかも知れない。然れども、言葉を交わしお互い事情を多少なりとも分かっていると、たいていの事はそれ程気にならないものである。そんなものだと私は思う。今度お隣さんで楽器を持ち寄って合奏でもするか。
合奏