にぎやかな土曜
店員がさらに心配そうな顔をした。二十八、九くらいの女性だった。フレームの太い丸メガネに、ゆるいTシャツに前掛けをしている。
自分より若い女性に心配されたのが恥ずかしく、特に聞かれてもいないのに、「ここから、十分くらいなんですよ。ほら、あの、その前の通りを歩いていった、ちっちゃな公園のあたりの」
しどろもどろで、我ながら何の弁解だかわからない。急いで財布を取り出そうとすると、店員が言った。
「あの、総合病院があるところですか?」
祐司は驚く。「知ってるんですか?」
「ちょっと」
祐司は財布からお札を抜き出しながら「あそこの病院の通り挟んだマンションに越してきたんですよ。本当に静かなところで……」と言うと、相手はまた眉間に皺を寄せた。心配とはちがう表情だった。
病院まで知っていることだし、昔からここに住んでいるのかもしれない。何か失礼なニュアンスが伝わってしまったのかと内心焦る。
祐司は話題を変えた。
「いい店ですね。明日が休みなんで飲みすぎました。週末休めるなんて、本当に久々で」
「ああ。だから」
「だから?」
相手が笑う。
「三百円のお返しです」
よくわからないまま、釣銭を受け取る。後ろ手にドアノブに手をやろうとすると、相手は続けた。
「明日は楽しみですね」
振り返ると、さっきよりも幼い顔をしていた。祐司はうなずき、店を出た。
翌朝、祐司が起きると、外が騒がしかった。
「見てくれないなあ」
「見てくれないね」
子どもたちの甲高い声がした。男の子と女の子の声だ。
「もっと、やってみなきゃだめなのかなあ」
「どうかなあ、どうなのかなあ」
薄目で枕元のスマホを手繰り、時間を見る。十時。久々の休日はもっと眠っているつもりだったが。それよりも、これだけ騒がしい声を聞いたのは、この町に来て初めてだ。声はとても近い気がする。
すると、子どもたちの声に、もう一人の声が重なった。
「まだ見てくれてないの?」
「うん、まだ開けてくれないんだよ。今日は遅いのかなあ」
「大丈夫だよ、きっと。もっとやってみよう。それ!」
聞き覚えがある声だった。祐司はカーテンを開けた。
外には、窓から見える景色のすべてを埋め尽くすように大量のシャボン玉が風にながれていた。光の波紋がくるくるとめぐっている。
「それ!」
女性の声は隣から聞こえた。祐司は、窓を開けベランダの柵から半身を乗り出した。隣をこっそりと覗くとそこには昨夜の店員がいた。
相手と目が合う。
相手も気づいたようで、そう驚きもせず挨拶をしてきた。
にぎやかな土曜