お隣さんは顔も知らない文通相手
そしたらまたメモを投函して、その次の返事はきっともう読むことは出来ないだろう。
そのことが、少しだけ寂しい。
結局手紙の返事が来たのはそれから4日後だった。
『そういえば昨日、反対隣の人が引っ越しだったみたいです。そんな時期ですもんね』
あまりにもタイムリーな話題に驚いた。
これに書く返事なんてずっと前から決めている。
『卒業や別れの時期ですもんね。実は私も引っ越しなんです。この半年間、メモのやり取り楽しかったです、ありがとうございます。お元気で』
手紙の返事はすぐに書くことが出来たのに、投函するには随分と時間が掛かってしまった。
結局投函できたのは、引っ越しする当日だった。
勿論、手紙の返事なんて貰える筈もなく、奇跡のような手紙のやり取りは私の卒業を期に幕を閉じた。
「甘酸っぱいわー」
「そこまで面白くないですよね、すみません」
「いやいやいや、それなんか良いね、ドラマみたい。でも隣に住んでてそこまで会わないもん?」
「うーん、でもあまりマンションの人と会わなかったですね」
「そういうもんかー」
話し終えると、先輩方は何だかほっこりした生温い笑みを浮かべている。
それが少し恥ずかしくて、思わず視線を下へと向ける。
「それにしても実家こっちの方だよね?また同じマンションに住みたいとか思わなかったの?」
「あー、実は一度大家さんに連絡入れてみたんですけど空きがなくて。今思うと防犯設備も緩いですし、会社が家から遠いのでとりあえず社宅に」
「もしかしたらまだ居るかもしれないのにね」
そんなことを言いながら、先輩方が今の話を元に「私だったら声かけに行くね」とか、「でも会わないからこそ良いんじゃない」などと、もしもの話で盛り上がっている。
お陰でしばらく静かに飲めそうだな、と目の前のレモンサワーを飲んでいると、不意に若本さんと目が合った。
たまたま合っただけだろうか、しかし目線が外れることが無く、何かあっただろうかと若本さんの元へと移動した。
その間もずっとこちらを見ているので、何かしてしまったのだろうかと不安になり、その眼差しが少しだけ怖いと思う。
「あの、若本さん?」
「……あのさ」
「はい?」
「上の階の赤ちゃん、今じゃ小学生だよ。あの後2年後に下の子も生まれたんだ」
「……え?」
急に告げられた言葉の意味が分からなかった。
赤ちゃんって、あの時のメモで出てきた話題のこと?
何で若本さんが知っているのだろう。
お隣さんは顔も知らない文通相手