お隣さんは顔も知らない文通相手
次々と先輩方に言葉を投げかけられる若本さんは、一通り話を聞いた後に「まぁ」とだけ呟いた。
それがどの言葉に対するどんな意味の「まぁ」なのか分からずに、先輩方はしつこく若本さんに言葉を投げかけていく。
さすがに少し可哀想になってきたな、と他人事のように思っていると、そんな様子に気付いたのか否か、女性職員の1人がこちらを向いた。
「優香ちゃんはどうなの?若いんだから火遊びの一度や二度はあると思うけど」
「え、いや、無いですけど」
「え?!彼氏居たことはあるよね?」
「さすがにそれは、はい。でも学生の頃ですかね」
「勿体無い!若本は優良物件よ!すこーしだけ無愛想で仕事人間だけど。ギャンブルしないし真面目だし、まぁ面白味には欠けるけど」
褒めているのか悪口なのか分からないフォローをされたのだが、返す言葉に困る。不意に若本さんに視線を向けてみると、この話に興味がないようでビールに口を付けていた。
「じゃあさ、最後にときめいたのってどんなこと?」
「え、ときめいたことですか?」
「そうそう。おばさんに教えてよ」
「おばさんだなんて、そんなに年変わらないじゃないですか」
「いやいや独身の25歳と夫も子供もいる28歳はだいぶ違うから。良いから何か面白い話しなさいよ」
無茶ぶりにも程がある。
しかし、そうか、ときめいた話か。そう言われて思いつくことと言えば、一番に上がるのが短大生だった頃の話だ。
「えっと、面白くはないですけど」
「いーのいーの、話してみて」
この場の全員がある程度酒も入っているし、きっと明日になればぼんやりとしか覚えていないだろうと思い、話し始めた。
舞台は私が短大の2年生の頃まで遡る。
私の通っていた短大は実家から少し遠くて、通学するには大変だったことから短大に入学と同時に一人暮らしを始めた。
最初は女の子の一人暮らしは物騒だと両親も反対していたのだが、通学に時間が掛かる方が帰りとかも怖いし、となんとか言いくるめて18歳にして自分だけの城を手に入れた。
家事は大変だったけれど、何でも自分でしなくてはいけない環境がなんだか大人に近づいたような気持ちになり、当時は色々あったと思うのだが、今思い返すと「楽しかった」という思い出しかない。
そんな中で起きた小さな奇跡のような出来事が、2年生の秋のことだ。
春先に始まった就職活動で運よく夏前には内定をもぎ取り、あとは卒業に向けて課題をこなすだけの毎日だった。
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