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お隣さんは顔も知らない文通相手

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社会人になって7年目の夏。この春に人事異動になり6年過ごしてきた部署からの異動が発表された時にはクビと言われるよりも余程きつかった。
慣れ親しんだ場所から突然切り離され、元の部署の人たちには栄転だ、なんて言われたが、四大卒の将来有望な人間ならともかく、短大卒で就職活動中に運よく内定をもらっただけで仕事に夢も希望も抱けないような私にとっては死刑宣告と変わらなかった。
 
これからまた人間関係を作るとか、新しい仕事を覚えるだとか、そんな面倒くさいことをさせるなんて上司も鬼だ。鈴木さんはうちの部署に必要なんですくらい言ってくれなかったのだろうか、と何度も心の中で悪態をついた。
 しかしいざ異動してみると、年齢が一番下であるお陰で可愛がってくれるし、意外と居心地も良くて、少しずつだが仕事にも慣れてきている。これは純粋に嬉しい。社会人7年目という積み重ねた年月の賜物というやつだろうか。

 そんな新天地では年齢層が高いせいか、やたらと理由を付けては飲み会が開催される。4月の私の歓迎会を含めて、もう8回だ。前の部署では3カ月に1回あるか無いかくらいだったので、最初こそこの差に驚いていたのが、回数を重ねるうちに飲み会を計画する幹事の意図していることが分かってきた。

「で、鈴木ちゃんは彼氏居ないんだよね?若本なんてどう?」

 これだ。
若本というのは5歳年上の先輩。本名が若本博文。この部署で唯一フリーなのだ。年齢は31歳だが見た目はそれよりも若いように見える。
 この部署には男女含め7人の職員が居て、若本さんと私を除いた5人は結婚しているか恋人がいる訳で、そんな先輩方がやたらと若本さんと私をくっつけようと画策しているらしい。

 それはそれで良いかもしれない、と思っている自分も居るのだが、若本さんがどう思っているのかも分からないために相手の出方を待っている、というのは建前で、こんな半端な気持ちのままでフラれでもしたら立ち直れなさそうなので、いつも笑って誤魔化している。

「若本はどうなんだよ、鈴木ちゃんいくつだっけ?」
「あ、今年25になります」
「若本、25の女の子だぞ?お前若い子好きじゃないのか?ピチピチだぞ?」
「萩本さん、言い方がなんかヤバくないですか」
「でも若本、本当に色恋沙汰ないよね。仕事人間もほどほどにしないと孤独死しちゃうよ?」
「そうそう。それとも過去に何か恋愛絡みでトラウマでもあるのか?」
「それか忘れられない思い出とか?」

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