テーマ:ご当地物語 / 山梨県

なつにとける

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 武田神社は神社だけど、神様を祭っている訳では無い。祭られているのは武田信玄公である。全国的に見ても戦国武将が祭られている神社というのはそう少なくない。だが、戦国武将が祭られている神社が県内で一番大規模の神社だというのは珍しい事なのではないかと思う。お正月の参拝客とか凄くて、私は元旦に参拝できたこともないし二年参りしたこともない。いつかしてみたいものだ。
 武田神社の見どころは何といっても立派な水堀だと思う。川みたいに大きい水堀。鯉やら鳥やらよく見かける。水堀の水はあまり澄んだものではないけれど、神社の木々が水面に写し出されて、それがまた綺麗なのだ。というか、水は澄んでいると水面に写し出さないらしい、昔修学旅行で訪れた金閣寺でガイドさんが言っていた。
その水堀にかかっている橋をセミの声をBGMに渡ろうとしてふと違和感に気が付いた。
 水堀の水が増えていた。
 だいぶ増水されていた。ここ最近雨が降った覚えはないのにおかしなことだと思いながら橋を渡り切り階段を上り、鳥居をくぐったところで、りん、とセミの声に混ざり鈴の音が聞こえた。
 不思議に思い耳を澄ませてみたが、それ以来鈴の音など聞こえなかったので、気のせいだろうと、夏の暑さで幻聴が聞こえたのだろう、と思いそのまま歩を進めた。

 神社には誰もおらず、ふとお守り販売所の方へ眼を向けると、そこにいるはずの巫女さんもいなかった。そこに巫女さんがいることは、昔職場体験でこの武田神社に来たことがあるのでわかっていた。お昼休みだろうか、でもそれにしたって誰かしらいるはずだよなあ、と思いながらも、手を洗いお賽銭の方へ歩を進めながら財布を取り出し五円玉を探し出した。
 お賽銭は良く投げる人がいるけれど、それは神様に失礼な行為だと聞いた。まあ信玄公は武将だけれど、物を投げられて痛い思いをするのは神様も人間も同じだと思う。本当は置くようにしてお賽銭箱へ入れるのが良いそうだ。他に参拝客も誰もいないことだし置くようにしてお賽銭を入れた。初詣ではないのでお願い事はしないことにした。
 御朱印は巫女さんがいないから貰えないだろうし、帰るかな、と思い踵を返し、ふと手にあるラムネの存在を思い出した。神社の前にお土産とかを売っている売店があるので、そこで瓶のゴミ箱があったら入れていこう、と思い、すっかりぬるくなった、残っているラムネを飲み切った。肝心のラムネはもう炭酸は抜け落ちて、ぬるく甘いだけの飲み物になっていた。

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