4月期
灯のともる場所で
「……けーと?」
「そう」
馬波はしゃがみこみ、ゆう君の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
「もちづき、ゆーき!」
ゆう君はそう言って、顔の前でピースサインをして見せた。
「そうそう。ゆう君は二歳。上手にできたねぇ」
望月さんはそう言って、ひどく優しく微笑んだ。それは馬波の知っている音楽好きな気のいいおっさんの顔ではなく、大切な家族を愛する男のそれだ。
「ほら、ゆう君、ケイちゃんにバイバイしな」
「けーと、バイバイ!」
二人はそう言って、広重マートを後にする。
ピンポン、という音を残して、また馬波は一人になった。
気付くと右手が中途半端な「バイバイ」の形で顔の横に残っている。ゆっくりとそれをひっこめると、馬波はレジ金の点検を始めた。
あと少しで昼食時間帯のピークが訪れる。それに備えてやることをやっておかなければならなかった。馬波はこの作業が正直あまり好きではない。しかし、今日は何故だか気分がよかった。腹の底から響くようなベース音を鼻歌でなぞりながら、小銭をケースに収めていく
ピンポン。ピンポン。
新たな来客をしらせる音が聞こえて、馬波は顔をあげた。
「らっしゃーせ」
こうして今日もこの店は、たくさんのひとを出迎え、見守り、そして送り出す。静かな街並みの中にこうこうと佇むその姿は、まるで小さな灯火のような。
「っりあとーございました」
広重マートというのは、そういう場所なのだ。
灯のともる場所で