テーマ:ご当地物語 / 静岡県伊豆の国市

灯のともる場所で

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「何だよ」
 馬波はしゃがみこんで、ゆう君の目の高さに視線を合わせた。
「あんとー」
 そう言ってゆう君は、こくりと頷いて見せる。もしかしたら、頭を下げているのかもしれない。
 馬波は口を真一文字に引き結んでしばらく考えた後、ゆう君の頭をぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でた。
「いいってことよ」
 そう言って馬波は立ち上がる。
「とよー」
 馬波の言葉尻を真似するように、ゆう君が言った。
「とよって何だよ、とよって」
 そう言いながら馬波はレジカウンターへ戻る。バックヤードから持ってきた椅子にゆう君を座らせると、ロッカーから取り出したなけなしの金で、さっきのウェハースの会計を済ませた。
 ピンポンピンポン。入店音が立て続けに鳴り、馬波はコンビニ店員の顔に戻る。
「らっしゃーせ」
「しゃーせ」
 馬波の隣では舌足らずな声が、彼の挨拶を一生懸命復唱していた。



「ケイちゃん、お待たせ! いやぁ悪かったね」
 そう言って望月さんが戻ってきたのは、最初の来店から一時間十分ほど後のことだった。
「ほら、大根いっぱい持ってきたよ。食費の足しにしなぁ」
 望月さんの手には、大根の頭がたくさん覗く、いかにも重そうなビニール袋がある。
「マジで助かるっす……」
 馬波はそれを大切そうに受け取ると、ちらりと隣のゆう君を伺った。真ん丸な瞳が、今度は少し近くで馬波を見上げている。まっすぐにまっすぐに、疑うことなんて何一つない眼差しで。
「さぁ、ゆう君帰ろうか」
 望月さんの言葉を理解したのかしないのか、ゆう君は馬波を見て、望月さんを見て、そしてまた馬波をじっと見つめた。
「……帰るんだとさ」
 そう言って馬波は、ゆう君の身体を抱えて椅子からおろしてやった。それでもまだゆう君は、馬波の目と、鼻と、ちりちりの頭を見て、もごもごと何か言いたげにしている。
「ゆう君、ケイちゃんにお礼言って」
 望月さんのその言葉を聞いて、ゆう君ははっと何かに気付いたように表情を変え、そして馬波を指さし、声をあげた。
「けーちゃ、けーちゃ」
「そう。ケイちゃん。何だい、お前ら自己紹介もしてなかったのかい」
 望月さんにそう言われて、馬波は自分の名前を名乗る必要があったのだということに今更気付いた。そうだ。こいつはこんなに小さく見えても、自分達の言葉をわかろうとしている。立派に立派な、一人の人間なのだった。
「……マ、ナ、ミ、ケ、イ、ト」
 馬波はゆっくり、一文字ずつ区切りながら自分の名前を声に出した。

灯のともる場所で

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