灯のともる場所で
「実は今日は、ケイちゃんにちょっとお願いがあってね」
そう言うと望月さんは、後ろを振り返って、「おいでおいで」と小さく手招きする。
現れたのは、まだまだ小さい、多分二歳くらいの男の子だった。赤いTシャツに、紺色のキャップ。ミニミニサイズの足が地面を踏みしめるたびに、特撮ヒーローのプリントされたサンダルがぷーすかぷーすか音をたてた。
ああそういえば、少し前に生まれた初孫が可愛くてしょうがないと言ってたっけ、と馬波は望月さんに関する記憶を辿る。
「この子? 噂のお孫ちゃん」
そう問いかけた瞬間、今までに見たことのないくらい望月さんの目尻がだらしなく下がった。今にもとろけそうな笑みを浮かべた彼は、隣に立つ男の子の頭を優しく撫でる。
「そうそう! ほら、ゆう君、ご挨拶は?」
「……」
望月さんにそう促されたゆう君は、しかし何も喋ろうとしない。ただじぃっと、真ん丸な瞳で馬波のことを観察している。
「実は今日、どうしても出かけなきゃいけない用事ができてね。一時間ばかりこの子を見てて欲しいんだよ」
望月さんはそう言って、顔の前で手を合わせて見せた。
「……洋平さんと美香さんは?」
馬波は望月さんのところの息子夫婦の名前をあげて尋ねる。
「今日は月曜日だろう? 仕事でさ」
むーん、と馬波は考えた。馬波は独身で、子供をあやした経験も無い。小さな小さな手と足をもつゆう君は、馬波にとって宇宙人と同じくらい得体の知れない生き物だった。
「ケイちゃん、頼むよ。お礼に今朝とれたっていう田中山大根、いっぱい持ってくるからさ!」
田中山大根、という言葉に馬波の心は大きく揺れる。みずみずしくて甘い田中山大根は高級品だ。サラダにしても煮ても焼いても格別に美味い。
「……」
馬波はしゃがみこんで、ゆう君と同じ高さに目線を合わせた。
こうやって見るとなかなか凛々しい顔をしている。そういえば目元が上がっているところが洋平さんによく似ていた。しゅっとした輪郭は、おそらく美香さん譲りだろう。
「……一時間でいいんだな」
不承不承という感じで馬波が承諾の意を示すと、望月さんは顔をくしゃっとさせて大袈裟に喜んだ。
「助かるよ! さすがはケイちゃん!」
そう言って馬波の手を握ってぶんぶん上下に振った後、勢いよく離す。そしてしばしの別れを惜しむように、優しいおじいちゃんの顔になってゆう君に声をかけた。
「ゆう君、ちゃんとこのおじさんの言う事聞くんだぞ」
灯のともる場所で