Room127

神は見返りを求める

2022.06.22

再生回数がなかなか増えない

YouTuberのごちゃごちゃとした発信拠点

美術中川理仁

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イベント会社に勤める田母神(ムロツヨシ)と、再生回数に悩むYouTuberのゆりちゃん(岸井ゆきの)。ゆりちゃんを不憫に思った田母神は、“神”のように見返りを求めず、動画制作の手伝いを始める。それでも再生回数は伸びなかったが、ふたりは互いに好意を抱く間柄に。だがあることをきっかけにその関係は壊れ、物語は思わぬ方向へと転がっていく……。『ヒメアノ~ル』『愛しのアイリーン』『空白』など、衝撃作で知られる𠮷田恵輔監督最新作『神は見返りを求める』。美術の中川理仁さんはロケセットを飾り付けすることで、ゆりちゃんのキャラクターを表現した。

心のすき間を埋めるかのように“もの”が増え続けた空間

YouTuberのゆりちゃんの部屋は、さまざまなものにあふれている。クッションや壁に掛けられたファブリック、動画配信の小道具など、雑多な印象だ。
「統一感がないようにしようと思いました。センスのいい感じではなくて、『なんでこんなものがあるの?』という風に、脈絡なく雑然としたイメージです。まあ、うちもぐちゃぐちゃですけどね(笑)」それもそのはず、置いてあるものはゆりちゃん自身が選んで購入したわけではなく、その多くが人からもらったものだからだ。


小物をつくるためのミシン。ペーパーやフェルトなど、撮影小道具をこしらえる材料もそこかしこに。


ワゴンの下の段ボールには大量の缶スプレー。「仲良くなった近所の看板屋さんのおじさんに『いいよ、あげるよ』と言われた、という設定です」。


「きっとゆりちゃん自身も『なぜかわからないけど、そこに置いてある』みたいな感覚なんだと思います。酔っ払っているときに持ち帰ってしまったりして、本人も出どころを覚えていないんです。借りパク的なこともしているかもしれないですね」ぬいぐるみ“風”のアイテムなど、どこか未完成に見える小物も少なくない。これにも理由がある。
「ゆりちゃんは下手くそなりに、ハンドメイドでいろんなものをつくっている。でもやりかけておきながら、次のつくりものに気が移ってしまい、そうやってゴミがたまっていく。忘れっぽいというか、飽きっぽい人物像を想像しました。キャラクターについて監督とそこまで深く打合せをしたわけではないのですが、とっかかりがないとイメージもふくらまないので『こうじゃないかな』と考えたんです」

スタンドライト。「動画の撮影用に本当はLEDリングライトが欲しいけれど、買えないから、拾ってきた小さいテーブルライトを代用しているんです」。



すき間を埋めるようにものがあふれる空間は心情ともリンクしている。
「ゆりちゃんは心を許せるような友だちが少ない、もしくはいないような気がしました。譲れない趣味があるわけでもなく、スポーツもしないタイプ。もの足りない、満たされない心をもので埋めているイメージです」ぬいぐるみやクッションなど、暖色系のアイテムが多いのはなぜなのか。
「無意識のうちに暖かさを求めているんでしょうね。柔らかいアイテムが多いのも、それらに触れて安心しているのかもしれません」


ベッドにはトマトやニンジン、ソファにもミカンやスイカと、青果をモチーフにしたクッションが多い。



それにしても、ゆりちゃんの感性や価値観に、世代が離れた中川さんはどれくらい共感していたのだろう。
「ゆりちゃんがいったいなにを考えているのかわからないところは少なくないし、自分と重なる部分があるとも感じません。とはいえ、僕らも新人類(流行語にもなった経済学者の栗本慎一郎氏による造語。1980年代、それまでとは違う感性や価値観・行動規範を持っている当時の若者たちを指した呼称)と言われた世代です。結局、人間は根本的にはそんなに変わらないでしょうから、自分が若かった頃のことを思い出しながらつくっていきました。

田母神の部屋。スキーのポスターは、𠮷田監督から強い要望があったアイテムで、中川さんが作成したもの。


田母神について監督のイメージは「チープ」「ダサい」。そのテイストは、壁に貼ったペナントにも現れている。



東京・多摩西部に建つ、そこそこ年季の入った1DKのアパート。風変わりなのは、キッチンの横に洗面台が配置されているところ。


映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#136(6月号2022年6月18日発売)『神は見返りを求める』の美術について、美術・中川さんのインタビューを掲載。

Profile

プロフィール

美術

中川理仁

nakagawa masato

64年生まれ。主な作品に『うさぎ追いし 山極勝三郎物語』(16・近藤明男監督)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17・廣木隆一監督)、『不能犯』(18・白石晃士監督)、『劇場版 ひみつ×戦士 ファントミラージュ! 映画になってちょーだいします』(20・三池崇史監督)、『明日の食卓』(21・瀬々敬久監督)などがある。

Movie

映画情報

神は見返りを求める
監督・脚本/𠮷田恵輔 出演/ムロツヨシ 岸井ゆきの 若葉竜也 吉村界人 ほか 配給/パルコ (22/日本/105min) イベント会社に勤める田母神は、合コンでYouTuberのゆりちゃんと出会う。田母神は、再生回数に悩むゆりちゃんを不憫に思い、彼女の動画制作を手伝うようになる。登録者数がなかなか上がらないながらも、お互い良きパートナーになっていくふたりだったが……。 6/24〜TOHOシネマズ 日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開(c)2022「神は見返りを求める」製作委員会
神は見返りを求める公式HP