Room123

リング・ワンダリング

2022.02.18

戦前の東京・下町に建つ

二階に写真スタジオを備えた昭和民家

美術部谷京子

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『アルビノの木』で注目された金子雅和監督の最新作『リング・ワンダリング』。東京を舞台に、その土地の記憶を描き出す本作で美術を手がけたのは部谷京子さんだ。滝田洋二郎監督、藤井道人監督など、ベテランから若手監督作品まで幅広く参加するプロフェッショナル。本作に登場する印象的な写真館兼住居の美術はどのようにつくられたのだろう。

監督の思いが込められた脚本からイメージをふくらませていった

今作の舞台は現在、戦時中、さらに明治時代と3つの時代が登場する。違いを見せることが課題だった。
「テロップで時代を表示するわけではないので、観て「戦時中」「現代」とわからせてあげないといけない。無理なく画としてその差を見せるのには腐心しました」 主人公・草介(笠松将)は、不思議な娘・ミドリ(阿部純子)と出会い、迷い込むのが太平洋戦争下の下町。
「ミドリの家族が営む川内写真館は、一階が住居で二階が写場(スタジオ)です。設定に沿った建物は現存しないだろうと思い、一階と二階を分けて撮影しようと考えました。ロケハンを経て、玄関まわりと二階は、栃木・足利の松村写真館で撮影させていただきました」


劇中、川内写真館は営業をしていない設定。ものが少なく、がらんとしたスタジオにポツンと残されたカメラから、戦争の影を感じさせる。
「レンズのないカメラを象徴的に配置しました。戦争中、兵器をつくるための金属供出で、鉄のものはすべて回収されてしまったんです。これは写真館に最後に残った一台という設定です」 ミドリの父、青一(安田顕)は、写真を撮るだけあってアーティスト的な一面があり、その素養は端々に反映されている。
「お父さんの書斎を飾りつける小物はすべて持ち込みました。机上の石膏像や地球儀は、青一のインテリジェンスを匂わすアイテム。戦時中でありながらお父さんは海外とやりとりをしていて、夜な夜な外国の本を読んでいた、という設定です」

写真館入り口、ステンドグラスがはめ込まれた両開きのトビラも、本作のためにつくられた美術。夜は内部の光が透過して美しい絵を浮かび上がらせる。



監督が持ち込んだ青一の蔵書。1階にある古い雑誌類はロケ地の建物にあったものを拝借。


昔ながらの構造で、写真スタジオは二階にある。その理由は天窓からの自然光で撮影していた。


一階の住居部分が撮影されたのは群馬県みどり市内にある、いまは誰も住んでいない建物。
「戦前に建てられただろう、木と紙でつくられたオーソドックスな日本建築です。戦後は建具が変わったり、加工方法がいろいろできるようになったおかげで、完全な木造建築はむしろ難しくなり、あまり現存していません。この建物で面白かったのは、和室の天井に穴が空けられていて、はしごのような急角度の階段を立てかけてあったところ。『これを使おう』という監督の提案で、妻の藍子(片岡礼子)がこの階段から二階にいる青一に話しかけるシーンが生まれました」


ファンタジックな要素を持った本作は、美術も“リアル”より“ファンタジー”に振られた。抑制ムードが漂う戦中にもかかわらず、部分的に障子がカラフルな理由も「画として引きつけるものが必要だと考えて色を入れました」(部谷)


部谷さんは今作が金子監督との初タッグ。だが部谷さんが代表を務める広島国際映画祭に金子監督が出品していたという縁があり、ふたりは以前から交流があった。
「不思議なんですけど、金子さんといろんな波長が合うんです(笑)。広島国際映画祭にノミネートされた金子さんの短編『水の足跡 -Camera Obscura-』も大好きです。早く長編映画を一緒につくりたかったから、『やっとできるね』という喜びがありました」


「波長が合う」ふたりならでは。イメージの共有には事欠かなかったようだ。
「打ち合わせをしていても、『いいですね、やりましょう』と、わたしの提案はほぼOK。燈明を神社の階段を置くという、『つくり込み過ぎかな』と感じたアイデアも受け入れてくださいました。監督からは、言葉によるリクエストはとくにはなかったんです。その分、オリジナルであるこの脚本に監督の思いはすべて込められていました。わたしは読んで受け取ったものを、美術として表現しただけです」

草介の部屋にあるオオカミの工作物。「草介が見たい、描きたいと熱望しているオオカミ。いっぱい後ろに配置して、それに囲まれた世界を表現しようと考えました。紙製だから2Dなんですけどね。筆立てが緑だったり、置かれている小物は自然をイメージさせるような色味にしています」(部谷)


部谷さんが今作でもっとも気に入っているもののひとつ、主人公・草介の部屋。「自分が寝泊まりしたいぐらい。〝小さな地球〟のような空間にしようと思って壁全面を塗りました。草原の色です。劇中、あまり写っていないんですけど(笑)」(部谷)


一階が受付と住居で、二階は写真スタジオ。戦前に東京の下町・墨田区に建てられた店舗物件。4つの和室のほか、畳敷きの玄関、台所空間を備えている。木造建築ながら、正面外観は西洋風でハイカラなデザイン。


映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#134(4月号2022年2月18日発売)『リング・ワンダリング』の美術について、美術・部谷さんのインタビューを掲載。

Profile

プロフィール

美術

部谷京子

heya kyoko

広島県生まれ。助手時代に黒澤明監督の『夢』『八月の狂詩曲』などに参加。92年『シコふんじゃった。』(周防正行監督)で美術監督デビュー。おもな作品に『金融腐触列島 呪縛』(99)、『陰陽師』(01)『壬生義士伝』(03)。近作に『宇宙でいちばんあかるい屋根』(20)、『ヤクザと家族 The Family』(21)などがある。日本アカデミー賞優秀美術賞12回受賞。うち2回最優秀賞受賞。

Movie

映画情報

リング・ワンダリング
監督/金子雅和 脚本/金子雅和 吉村元希 出演/笠松将 阿部純子 片岡礼子 品川徹 田中要次 安田顕 長谷川初範 ほか 配給/ムービー・アクト・プロジェクト (21/日本/103min) 現代、太平洋戦争下、明治時代を舞台に描かれる、漫画家を目指す青年・草介の物語。東京の土地に眠る、忘れられた人々の想いがよみがえる幻想譚。2/19~シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 ©2021 リング・ワンダリング製作委員会
リング・ワンダリング公式HP