テーマ:お隣さん

物書きの隣人

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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先生の意外な素顔の一端を覗いてしまった僕は、未だに気持ちが沈んだままだ。しかし、先生が言うと突拍子もないこともどこか納得してしまうのは気のせいか。これこそが“ホラフキー山田”と呼ばれるに至った詐欺師のトークスキルなのか。
「それに私は自分が好きではなかったんだ。目立たず、自己主張も弱い自分が。だから、違う人間になってみたいという気持ちが強かった。自分以外の別の人間を演じてみたいと思った。嘘をつくことが、それを叶えてくれた。そして中学生になり、小説家という職業がそれをもっと叶えてくれることを知った。たくさん本を読み、書いた。本の中の色んな人物に、自分を重ねた。小説を書いている時間が、最も自由でいられる時間になったんだ。だから私は、作家になろうと思ったし、自分でも向いていると思った。今では、無限重版作家とまで言われる立場になった。嘘つき上手で、自分がそれなりに嫌いなこと。これが、作家に向いている場合だってあるのさ」
さっき先生は素質の話ではないと言っていたけど、上手に嘘をつくことは先生にとって才能ではないのか、とツッコミを入れたいのも山々だが、もうこんな時間だ。先生もいつの間にか気持ちよさそうに話をするようになっている。もし何か言えばこの人は倍の倍は話しそうだ。あんなアパートに住んでいるくらいだし、結婚はしていないんだろうか。独りで暮らしているなら、小説を書ければ何も望まないとは言えど、多少は寂しい気持ちもあるんじゃなかろうか。話し相手くらいは欲しいだろう。さっきの話でちょっとイメージが悪化したけど、先生も普通に人間らしい部分があるのだなと少し親しみを感じる。
「先生、なんて言うか、ありがとうございます。先生と直接話せるなんて、こんな貴重な経験、なかなか出来ることではないし、今日ここへ来てホントに良かったです」
僕は石の椅子から立ってお礼を言った。案の定、ケツがズキズキと痛む。外は暗く、さっきまで遊具の一角でカードゲームに興じていた少年達もいつの間にか姿を消していた。僕達も、そろそろお別れの時間だ。お別れと言っても、帰る方向は一緒だし、また会うことは充分に可能だけど。
「そうだね。私も君と話せて良かったよ」
先生も重そうに腰を持ち上げると、僕に言った。
「あっ――。先生、良かったらサインとか……貰うことできますか?」
僕は帰り際になって思い出した。アドバイス以上に欲しいもの、山田國夫大先生直々のサインである。

物書きの隣人

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