テーマ:お隣さん

物書きの隣人

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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僕が何故作家を志すのか、理由はいくらかある。単純に物語を書くことが楽しい、お金が貰える、毎日満員電車に揉まれるサラリーマンにはなりたくない、そもそも自分に出来そうな事が他にない。僕にとってはこれが立派な動機だ。
「先生にとってのそれは、何なんですか?」
僕が聞くと、先生は小さく溜め息を吐き、薄く笑みを浮かべた。
「私も君と同じだよ。自分には才能はないと思っている。しかし、人一倍書きたい理由はあったんだ。それは何か? 私が嘘つきで最低な人間で、その上自分のことが好きではないからだよ」
「それが理由なんですか……?」
先生は理解が追い付いていない僕を見てから、続けて言った。
「私は子供の頃、一部の人間からあるあだ名で呼ばれていたんだ。その名も、ホラフキー山田だ」
「は、はぁ……?」
「小さい頃の私は、際立った特技も才能もなかった。勉強も運動も人より劣っていた。でも、人を騙す事だけは得意だったんだ。当然クラスでも目立たない存在だった私は、どうにかして脚光を浴びることはできないかと考えた。そして限りなく真実に見せかけた嘘で作った話を、思いつくままにノートに書き込んだ。クラスメートがテレビの芸能人の話で盛り上がっている時は、自分の親戚だと言ってから、もっともらしい理由で信じ込ませた。私はそのような“創作話”を幾つもノートに貯めていたんだ。結果、学年でもそれなりに一目置かれる存在になった。今思えば有り得ないような設定もあったが、それでも未だにバレずに信じている人間もいるだろう」
「先生にも、そんな時代があったんですね……」
現在の僕の心境をお分かり頂けるだろうか。ここまで先生の話を聞いて、僕は話の内容応分に引いている。先生の過去の悪行に対しても、それを何の躊躇もなく、顔色一つ変えず、先生の大ファンである僕の気持ちなどお構い無しに、どこもオブラートに包まずむき出しのまま語る先生自身にも、引いているのだ。この気持ちを例えるなら、好きな著名人のSNSで、普段とは違った、それも悪い意味での一面を垣間見てしまった時のような、そんな気分である。
当の本人は、今僕の目の前で「そんな顔をしないでくれよ」と笑っているが。そんな顔になるわ。
「作家になった今思うと、あの頃の私は人としては悪でも、現在の私の肥やしを作ってくれたと思うんだ。だから感謝している。無駄な事ではなかったんだ。嘘つきで人を騙すのが得意な人間は、架空の物語にも本当であるかのようなリアリティを与える。一理あると思わないかい」

物書きの隣人

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