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薬指さん、こんにちは

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 性別、男。年齢、多分同じくらいか若干年下。身長高い、体型やせ型、顔はあっさり系で中の中か若干上、かつ笑顔が爽やかなので大幅加点対象。
「いえ、あの、大丈夫です」
 爽やか青年の後ろを行き来する赤いTシャツ軍団。そういえば隣から物音が聞こえていたような気がする。それどころではなかったので気にしていなかった。
「よろしくお願いします。これ、つまらないものですが」
「あ、いえ、ご丁寧にどうも」
 爽やかくん(仮)が紙袋を差し出す。中身は何だろう、タオルだと嬉しい。お菓子は一人暮らしだと食べきれなくて意外に面倒くさい。
 受け取ろうと手を伸ばして目を疑う。
 痩せて骨ばった大きな手の小指が、丸ごと欠けていた。
「あの」
「え、あ、もしかしてゼリー嫌いですか」
 ゼリーなのか、ちっ。じゃなくて。
「ゆび、あの、何でもないです」
 紙袋を受け取る。彼の小指があったはずの空間に自分の指を伸ばしてみたけれど、すかすかと空気を掻くだけだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 爽やかくん(仮)は微笑んだ。極ありふれた仕草で。

 わたしだって、考えなかったわけではないのだ。
 消えては新たに生える指。普通じゃない体質。
 もし、同じような人に出会えたら――それって運命じゃないか、なんて。

 ワインは飲み飽きたので、ビールにした。ついでに夜風が気持ちいいので、ベランダで飲むことにした。
 この部屋に決めた理由の一つが、広いベランダと見晴らしの良さだった。もう一つ迷っていた物件の方が部屋が広く駅にも近かったのだけれど、いかんせん窓のすぐ向こうがビルの薄汚れた壁だったのだ。そんなの気が滅入る。
 百円均一で買ったサンダルをつっかけ、手すりに持たれて缶ビールを煽る。このあたりは住宅地なので目にうるさいネオンサインなんかは見当たらず、家の中か漏れる灯りや玄関灯、それに街灯が暗闇にぱらぱらと散らばっている。
 あの灯り一つ一つに暮らしがあるのだ。わたしの知らない家族が団欒を育んでいたりするわけなのだ。全くもって有り触れた発想だけど。
 柄にもなくしんみりしていたら、すぐ隣でガラリと窓が開いた。
「あ」
「あ、どうも」
 煙草を咥えた爽やかくん(仮)とばっちり目が合ってしまった。煙草吸うのか、残念減点。
「煙草、いいですか」
「どうぞどうぞ」
 喫煙を嫌う女子は多いけど、わたしの場合は煙草を吸った後の体臭や服の匂いが嫌いなだけで、煙草の煙自体の匂いは実は結構好きだったりする。あまり共感はしてもらえない嗜好の一つ。彼がベッドで吸う煙草の煙に包まれる瞬間が好きだったなあなんて思い返すも、浸る感傷すら枯れ果てて一滴の涙も湧いてこなかった。

薬指さん、こんにちは

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