テーマ:一人暮らし

カバタッピ

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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僕は当選したことを妻にも娘にもいわなかった。
その一か月後には、長期の単身赴任だといって、家を出てひとり暮らしをはじめた。ちゃんと家に送金はしているからか、妻と娘は一度もこっちにきたいといったことがない。僕も一度も帰ったことがない。僕は死ぬまでひとりで暮らしていこうかと思っていた。そんなときに、キョウコさんとミチロウくんに会った。

僕は慌てて電話を切ったが、もう、タイミングは逃してしまったようだ。タイミング? 僕はなにを考えているというのだろう。キョウコさんは娘と同じ年頃じゃないか。
キョウコさんはミチロウくんを隣に寝かせて、それからすぐねむった。僕は一睡もできなかった。妻と娘がいることは、キョウコさんには話していない。
次の日は土日だったから、僕は部屋にいることになっている。いつものように、ミチロウくんとアニメを見て、キョウコさんといっしょに料理を作ったりする休日になるはずだった。けれど、妙なことが起きた。僕がトイレにいく度に、壁越しに声が聞こえてきた。キョウコさんがだれかと楽しそうに電話をしていた。しかも、僕にはないしょで。僕は不機嫌でいる自分に気づいた。
 その夜は、妻から電話はかかってこなかった。その次の日も、かかってこなかった。かかってこなかったことで、僕は妻と娘のことが心配になった。もしかしたら。ふたりになにか起きたのかもしれない。なにも起きてなくても僕はきのうの電話に出るべきじゃなかったのか。いまのこの状況をなんとかするチャンスだったんじゃないか。そのうちにミチロウくんを幼稚園に入れたりしなくちゃいけなくなる。うかうかしていたらすぐにミチロウくんは小学生だ。僕はそこまで面倒を見るのか。僕が面倒を見なくてだれが見るんだ。もしばれたときに妻になんて説明するんだ。離婚! 僕たちは離婚してしまうのだろうか。別に、妻のことを愛していないわけではないんだ。ただもう、恋人ではないだけだ。家族でいるだけだ。家族として、お互いに慣れてしまっているだけだ。当たり前に倦怠しているだけだ。娘も反抗期が長いだけだ。娘に恨まれるようなことはしたくない。だったらどうする。キョウコさんとミチロウくんを捨てるのか。するとふたりはどうなる。僕はなぜこんなことになってる。どうしたらいい。このままどちらの家族もだましつづけるべきなのか。それとも白状してどちらかを切るべきなのか。それともどちらとも別れて、僕はひとり暮らしに戻るべきなのか。だが――

カバタッピ

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