テーマ:一人暮らし

カバタッピ

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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キョウコさんはミチロウくんがソファの上でねむってしまうくらいの時間話したが、もっと簡単にいうことができる。
キョウコさんの夫が死んだ。ミチロウくんの父親が死んだ。ふたりにはお金がない。
そして僕にはお金がある。
ひととおり話し終わると、キョウコさんは急にもじもじし出した。「どうしたんですか?」と僕が聞いても、「あ、いや、その」と繰り返すばかりだった。ぼーん、と壁の時計がいって、しばらく、沈黙があった。ミチロウくんの寝息が聞こえる。僕はしばらく待ってみたが、それでもキョウコさんがそこから先をいわないので、「人は縁のなかでいきています。いや、人生そのものが縁といっていいくらいだ。こうして僕たちが出会ったのには、なにか理由があるはずです。いいにくいことでも、いってください。僕でよければ、助けになります」と、読み終えたばかりの新書から受け売りの台詞をいってしまった。頬が赤くなるのが自分でもわかった。恥ずかしかった。けれど、気持ちがよかった。すると、視界にかかっていた膜が剥がれたようにキョウコさんの目がかがやき出し、彼女の口が開いた。
「家族になってくれませんか」
それまでねむっていたミチロウくんが、その言葉がスイッチだとでもいうように目を覚まし、「パパ」といった。僕は動揺しているのがばれないように、立ち上がって、クローゼットまでいき、なかを探り、ふたりに背を向けながらこういった。「わかりました。きょうから、よろしくお願いします。布団は、これでいいですか?」口はそういいながらも、僕の指は、ふたりに見えないように太ももを強くつねっていた。あんな新書読まなければよかった。宝くじなんてあてなければよかった。

 はじめのうちは、そう思っていた。会ったばかりの見ず知らずの他人と家族になるなんて、僕はどうかしてしまったんじゃないかとさえ思った。だが、暇つぶしに入った百貨店で、気がつけば僕はおもちゃ売り場にきているし、気がつけば僕は化粧品売り場にきている。ふたりがよろこんでくれるかどうかを考えている。
 夕方になって、またスーツに着替え直し、家に帰る。玄関を開けると、ミチロウくんが膝に抱き着いてくる。僕はミチロウくんの頭を撫でる。もう、ふたりともほとんど自動的な動作だ。まるで親子みたいじゃないか、となぜか苛立っていた最初のころが懐かしい。「おかえりなさい」といって、キョウコさんがエプロンで手を拭きながら歩いてくる。「きょうの晩ごはんはなに?」と僕が聞く。「あなたが好きなカバタッピよ」「おお、カバタッピかあ。なあ、ミチロウくん、カバタッピだぞ、やったな」いつの間にかキョウコさんは、どこで習ったのか料理の腕を上げていて、僕は惣菜を買ってくることはほとんどない。

カバタッピ

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