テーマ:一人暮らし

ピーチティー

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

昼休み。ご飯のにおいと笑い声のなかをかき分けて、私は校舎を出る。バイトを装い、同級生とのすれ違いざまに「じゃーね」と言いながら。そして時折寂しくなる。私、馴染んでいないな。
友達の作り方が分からなくなった。それもこの年になってだ。思えば、高校時代は体育祭や文化祭、行事が多くて自然と仲良くなる環境が整っていた。しかし大学はそんなに優しくない。自分から動かなければ友達はできない。そう気づいたのが入学して3ヶ月経った頃だった。一人暮らしで仕送りも少ないからと、サークルに入らずバイトを優先した結果がこれだ。周りはサークルや何かの集まりばかり。お昼を共にする相手がおらず、こうして校舎の外でおにぎりを頬張るのは惨めだった。なんとかしたいと思いつつ、だらだらと時間だけが過ぎていく。そんなある日、スペイン語の授業終わりに正輝が声を上げた。
「なんかさ、皆で一回飲みたくない?今日空いてる人いる?」
近くの数人から「いいね」と声が上がると、次々と参加者が増えていく。正輝は付属高校の出身で、スペイン語クラスでの中心人物だ。エスカレーター式なんてずるい。最初から知り合いがいるし、グループが出来上がっているじゃないか。リネンシャツに短パンという、今にも海に行けそうなスタイルの彼は、気さくにクラスメイトとの仲をつめていく。「奈央ちゃんはどう?」ほら、こうやって、誰でも下の名前で呼ぶ。でもこういう時には頼もしい。密かな期待を胸に、私はふたつ返事で参加した。

「俺さ、マジで世の中変えたいんだよね」
正輝はいつでも臆することなく意見を言う。スペイン語のスピーチでもそう。文法が合っていなくても堂々と言い切ってしまう。今はこうして目を輝かせて、上場への夢を語っている。飲み会は乾杯から1時間経過して、酔った人たちが思い思いの話をしている。頑張って参加した割には、相変わらず会話のきっかけがつかめず、相槌ばかりうっていると、隣のテーブルが騒がしくなった。
「あー、しまった。終電もうない!」
声の主は春香だった。2時間かけて通学しているという彼女は、ケータイの乗換案内を開いたまま固まっていた。周りは気遣って、だれか泊めてあげる人いないかと探し始める。「奈央んちは?」と誰かが聞き、皆が私を見た。その一人、春香と目が合った。根元からカールされた睫毛、夏らしいブルーのアイシャドウ。メイクが派手で少し苦手意識を持っていたけれど、これは仲良くなるチャンスかもしれない。

ピーチティー

ページ: 1 2 3

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ