テーマ:ご当地物語 / 北海道

冬が好きな虫

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それで、そんなに骨の折れる長旅をしてきたのか。
私は、地上でのここ数日の天気を思い返した。
ずっと雪が降り続き、陽の光とは、しばらく挨拶をしていない。
窓から外を見ても、雪は、一向に止む気配がない。

「次に晴れる日が来るまで、うちにいたらいい」
私は、言った。
「そこの出窓が、うちの中では、一番に朝日が差し込む場所だから、そこにいたらいいよ」
私は、虫を、出窓のそばに移してやった。
虫は、何も言わずに、そこでぐるぐると円を描いて歩き始めた。

それから数日の間、天気は回復しないままだった。
雪は、小降りになったり、吹雪になったり、時に、ほとんど止むことさえあった。
しかし、厚い雲は、じっと空にとどまったまま。
私たちは、灰色の蓋の容器の中に、閉じ込められたままだった。

私は、用事で、出たり入ったり。
虫は、出窓のそばに、いたりいなかったり。
壁を伝って床に下り、そこでうろうろしていることもあれば、テーブルの上で昼寝をしていることもあった。
しかし、夜、部屋の明かりを消すときには、私は、必ず、虫を出窓のそばに置いてやった。

翌朝、閉じたまぶたに、明るい光の感触があった。
やっと、来たか。
私は、目を開ける前に、虫のことを想い、微笑んだ。
うっすらと目を開くと、金色の光のカーテンが、部屋を眩しく切り取っている。
私は、久しぶりに、生き物に戻った気がした。

「太陽だよ。見たかい」
居間に入るなり、私は、言った。
しかし、出窓のそばに、虫はいなかった。
テーブルの上にも、床の上にも。
私は、床にしゃがんで、虫がどこかに隠れていないか、探してみた。
飾ってある置物の中、食器の中、部屋履きの中。
そして、虫に初めて出会った廊下。
虫は、どこにもいなかった。

外に出てみた。
私は、かなり寝坊したらしい。
太陽は、円周の頂点から、私を見下ろしている。

虫は、きっと、太陽が顔を出す何時間も前に、その気配を感じ取ったのだろう。
私よりも、何時間も早く起きて、太陽が投げかける最初の光を、じっと待っていたのだろう。
「会えたんだろ、やっと」
私は、呟いた。
「よかったな」
私は、後ろ手にドアを閉め、再び、冬を外に追いやった。

冬が好きな虫

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