テーマ:ご当地物語 / 北海道

冬が好きな虫

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蔓が、石と石、石と花とを縫い合わせている。
その蔓に絡め取られないように気をつけながら、虫は、歩き続ける。

石の中の星の光を頼りに歩いてきたはずなのに、ふと気づくと、暗闇の中にいることもある。
そんな時、虫は、絶望的な気分に襲われるらしい。
恐怖のあまり、暗闇の中を、あてずっぽうに走り回る。

すると、突然、斜め上から光が差し込む場所に出る。
見上げると、天井に穴が開いていて、その向こうで、水が揺れている。
ゆらゆら揺れる水の向こうに、丸く光るものが、すうっと浮かび上がる。

「月は嫌い」
虫が、唐突に言った。
「え?」
「いつも騙される。追いかけてくる」
「…………」

虫が言うことは、本当だった。
月は、追いかけてくる。
冬の夜、吹雪が突然止む。
風の音さえしない青の闇。
その真ん中に、月がぽっかり姿を現す。
飲み込まれる前に、家に帰り着かなければならない。
足元の雪が、きゅっきゅっと、鳥肌の立つような音を立てる。
それを必死でこらえて、速足で歩く間中、月は、ずっとついてくる。
家が近づいてくると、速足は、駆け足になる。
それでも、月は、ずっと同じ間隔をあけて、何も言わずについてくる。
家に駆け込んで、後ろ手に扉を閉めると、月は止まる。
でも、暗い部屋から、カーテンをそっと開けて外を見ると、やっぱり、そこにいるのだ。
青白い眼差しを、こちらに向けて。

虫は、月から逃げる途中で、「顔のない花」のそばを走りぬけたそうだ。
巨大な花で、首から上がない。
私は、「宮廷」に咲く花の色についてたずねてみた。
でも、虫には、私の質問の意味が分からなかったらしい。
もしかすると、「色」という概念がないのかもしれない。

虫は、月から逃れて、必死で走っているうちに、ひょいと、天井に吸い込まれた。
「宮廷」とは違って、そこには、石も、星の光も、月もなかった。
遠くで漏れている明かりを頼りに歩いてきたら、うちの廊下に出たという。

「大冒険だったね」
私は、言った。
「それで、君は、これからどうしたいの。私は、どうすればいい。君は、その『宮廷』への帰り道が分かるの」
虫は、苛立たしげに体をよじって、言った。
「陽の光が見たい」
そして、テーブルの端っこをうろうろし始めた。
「冬が好き。宮廷が明るくなる。出口が分かる」
虫は、テーブルの隅っこでぶつぶつと呟いた。
そして、再び、言った。
「陽の光が見たい」

ああ、そうだったのか。
それで、そんなに追い詰められたような様子をしていたのか。

冬が好きな虫

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