髪と家
「先生が先に教室に入ってから、僕のことを紹介するまでの十数秒はとても、とても、とても……長くて……閉じられたドアから見えている僕のシルエットを突き刺す、みたいに視線があるのが、わかりました。「じゃあ、入って」と先生にいわれて、僕はドアのくぼんだ、引くところに指さきをひっかけて、開けようとすると重たくて、いっそドアに少しも触らなかったことにしたいくらいでした。ドアを開けて、教卓があるところまでの数歩でどこを向いたらいいかわかりません。先生はまるで僕の気持ちをぜんぶ理解していて、心配しなくても大丈夫だよとでもいうかのように微笑んでいて、むかつく。僕の、前の学校の上履きがタイルを鳴らす音以外はみんな黙っていて、そのなかで僕はこういいます。はじめまして」
「本当にびっくりしています。その、いろいろと」
「教室の前から空いている席までのあいだに足をかけられたり、クラスのヤンキーや先輩にしめられたり……なんてことはなかったです。ないみたいだったです。でも、転校するってわかってからそういうところを何度か思い描いたし、マンガやドラマでも見たことがありました。だから僕は万が一に供えて、緊張していました」
「あ、あのお、注文、してもいいですか? あ、すいません、じゃあ、わたしはこの、えっと、アサイーがたくさん入ったやつを」
「秋のことでした。その日の昼からの授業は文化祭の出し物をきめる時間に使われました。それと、放課後の時間も。初日だったので、クラスの雰囲気を知っておこうと僕はただ机に座っているだけでした。一本の手が、教室を切り裂くみたいに上がって――」「せんせー」「といいました。それから、拍手が起きました。出し物は、すぐにきまったみたいです。この町に伝わっている話を劇にするみたいでした。劇のあらすじはこうです」
ある夫婦の念願が叶って、やっとできた子どもは髪の毛が凄まじかった。じきに髪の毛は子どもの体よりも長くなって、両親よりも長くなって、家のなかを覆っていった。切っても切っても追いつかなくて絶えず家事の危険がある。そこで夫婦は高い塔をつくって、その窓から子どもの髪を下に垂らそうとした。
登場人物:妻
夫
子ども
ゲンくん
ミカちゃん
女子
男子
先生
「結局二週間も経ったらまたもとどうりあそんでくれるようになったけれど、それでもゲンくんやミカちゃんは少しのあいだラプンツェル(仮)とあそんでくれなかった。私が子どもで、ラプンツェル(仮)の友だちだったとしてもそうしたと思う」「という冒頭のモノローグがまずきまって、そこをきっかけとして意見を出し合っていくことになりました。子どもの名前はいまのところラプンツェルかっこ仮になっています」「髪の毛が伸びて、その子を塔に住まわせるってラプンツェルみたい」「とだれかがいって」「あっ、ほんとだー」「ということでラプンツェル(仮)」
髪と家