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初夏のわたがし

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 池袋のフルーツパーラーでパンケーキをつつきながら、ため息をつく。
「あたしは、もうずっと前に、そんなあんたに靴を持って行くことを降参したよね」
 目の前では、心の友がマンゴージュースをすすっている。
 金曜でもない平日の夜に約束をとりつけた負い目もあって、彼女の会社に一番近い駅で待ち合わせして、彼女の希望にそってフルーツパーラーに来ている。私は少しケチなので、普段はこんなに高級な店には入らない。でも、さすがにパンケーキに添えてあるキウイは今まで食べたことのないほど甘くてほろほろとしていた。
「まず、あんたの好みの男が滅多にいないうえに、例えいたとして、その男があんたを好きになるか、というとこまで考えると、なんだかあたし、今この瞬間ここに隕石が落ちる可能性の数字のことまで考えちゃうのよね」
 友人からくるくると小気味よく飛び出す言葉に、胸が弾む。大人になると気恥ずかしくて中々口にはしないが、「仲良し」の友人が居るというのは、素晴らしいことだ。
「わりと美人で、頭の回転もよくて、仕事もできる、このわたくし」
 胸を張って言うと、ふん、という鼻息が返ってきた。
「そのどれも、男ウケがすこぶる悪い、っていうのは、中々の才能だと思うわ」
「西洋圏ではウケのいい美貌と性格なんだけどねぇ」
「日本人、って感じの見た目の男が好きなくせに。
 で、なんの話なの。裸足をぶらぶらさせてて、それからどうしたって」
「いや~……あったん、だよねぇ。その靴が」
「男がね」
 はっきり言われて、顔が熱くなる。
 ああ、今度はイチゴ味のわたがしだ。
「いっいやいや、だって、ありえないほどの注文だよ? ちまたではさぁ、高望みしすぎるとダメだとか、注文が細かすぎると出会いがないとか、言われてるじゃん」
「ちまたとあんたとは関係ないでしょ」
「…韻ふんだ」
「…ふんでない」
 パンケーキからフォークを離して、今度は生クリームをつつく。フォークの先にクリームがついて、それを眺めながらフォークをくるくると行儀悪く回してみる。
 私は半分も食べていないのに、友人はジュースを飲み干したようだった。うつむいていても、ずぞぞという音でわかる。
「で、どうなの。好きなの」
「…好きって、なに」
「えーと。手をつなぎたいとか、思うの」
 頭をかかえて、うあ、とうめく。察したのか、「もうつないだのかぁー」という声が降ってくる。
「そっかー。よかったじゃん。高校の時からずっと少女漫画みたいな世界で生きてたから、心配してたんだよ。よかったよかった」

初夏のわたがし

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