テーマ:一人暮らし

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「いつも食事はどうしとると?」
「うん。まあ、何とかしよった」
父はいつも肝心な話をはぐらかす。
酒を飲まない父。今日の夕食の献立をどうしよう。はたと困った。何を作ったらいいのか分からない。だが、どうせなら父の好きな物を並べたいと思う。
「何か食べたか物、あるとね?」
父に問うても、何でもいいと答えるだけ。思案した挙げ句、嫁ぐ際に母から教わった料理の中から幾つか作ることにした。母と全く同じに作れるわけではないが、何度となく作るうちに味もこなれて、夫も褒めてくれるし、子ども達も残さずよく食べてくれる。それらは今や、我が家の『おふくろの味』になっている。
近くのスーパーで食材を買い出して、久しぶりに実家の台所に立つ。かつて、ここで肩をぶつけながら、母から手ほどきを受けた。今はがらんとして広く感じる。
音がして振り向く。厨の口に父が立っている。
「何ね?」
「否。ただ人の居ると、いろんな音の、すっとなあと思うての」
ぼっそと吐きながら、父は背を向けた。
私は出来上がった料理を父が待つ卓に並べる。父は、それらに一瞬目を見張ったが、黙って一口運んだ。更に一口。そして父は静かに箸を置いた。
「やっぱり違うよね」
黙って首を振る父。
「ご免ね。なかなかお母さんと同じ味が出せんで」
私の言い訳に、父は下を向いたまま、また小さく首を振った。
「こん味には、あの世でしか会えんやろうて、諦めとった」
父はぼそりと呟くと、再び箸を取って黙々と食べ始めた。
「もう。大袈裟ね。私のでよかなら、またいつでも作りに帰って来るけん」
父は箸を動かしながら小さく頷いた。父は食べ終えた後も顔を上げず、じっと空になった皿を見つめている。
「かあさんは、お前の中で生きとっとたいね」
呟いた父の声が少し震えた。私は思わず目頭を押さえた。少しだけ父と心を通わせることができたような気がした。

風呂上がり。髪を乾かすのもそこそこに、家に連絡を入れる。遙が出た。
「こっちは変わりないわよ」
遙が先に答える。
「そう。さっきはメール、ありがとう。助かったわ。お祖父ちゃん、とても喜んでくれたわよ」
遙は小学五年生の頃から、賄いを手伝うようになった。根っから料理が好きなようだ。見様見真似で作る器用さもある。中三になった今では、留守を任せられるほどに品数も増やしている。今日の夕食の献立を提案してくれたのは遙だ。

ページ: 1 2 3

この作品を
みんなにシェア

5月期作品のトップへ