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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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母が逝ってから、早一年。私もやっと、桜の枝を見上げて花を愛でるほどには、気持ちの整理も付いた。
父は実家に一人で暮らしている。滅多に電話も掛かってこない。たまにこちらから様子を窺う。簡単に行き来できる距離ではないため、私も努めて子ども達とも話させようと思うのだが、彼らは挨拶の後、一言、二言近況を話しては、さっさと私に替わって自分の部屋に戻ってしまう。
父は、私の話に時々「うん、うん」と相づちを打つ。私が黙ると、話が続かない。母となら、さっき別れたばかりだとしても、まだその後何時間でも話せた。しかし父とは話題が見つからない。いつも母を通して父と話していた。母がいない生活なんて想像だにしていなかった。
「一緒に住もうよ。信彦さんも、そう言ってくれてるし、遙も健一も喜ぶから」
一周忌で帰省した折り、私は父にそう提案した。
「いや。ここの方が気楽でよか」
だが父は頑として聞かない。気遣う気持ちはあるのだが、同時にそんな父を面倒だと思う自分もいる。

実家から戻って数日後、父が倒れた。隣の田中さんからの電話で知らされた。救急車を呼んだり、入院の手続きやら、何から何まで世話になったようだ。
「一周忌の無事終わったけん、安心しなさったごたぁーね。よか、よか。こういう時はお互い様たい」
田中さんはそう言ってはくれたが、いつまでも好意に甘えてばかりはいられない。遠く離れて暮らしている私には、その『お互い様』が果たせない弱みがある。
次の日、私は早朝の便で立ち、直接病院に向かった。
「わざわざ来んでも、よかったとに」
父は開口一番そう言った。
「そうはいかないわよ」
「子ども達は、よかとや?」
「家のことは、遙がちゃんとやってくれるけん心配いらんよ。それより、具合はどがんね?」
「大事なか。ただの骨病みたい」
私の田舎では過労のことを『骨病み』と言う。
「もう古稀を過ぎたんやけん、無理せんでよ」
私は近くに宿を取り、日頃の親不孝を埋めるかのように、面会時間中は病室に詰めた。
父は二日後には退院した。
「俺の方は、もうよかけん。早う帰ってやれ。今からやったら、夕方には着くやろう」
「そうはいかんとよ。田中さんにお礼を言わんといかんし、それに線香もあげんで帰ったらお母さんに怒られるたい」
私は夫に電話して、あと一泊すると告げた。
家に着くや早々に冷蔵庫の中身を見て、私は驚いていた。コンビニやスーパーで買ったパック物の総菜が並んでいる。しかもどれも日が過ぎていた。不覚だった。一人残された父の生活を真っ先に考えなければならなかった。しかし当時は私も母を失った悲しみで、そこまで気を配ることができなかった。そのことを悔やむ。

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