テーマ:一人暮らし

ピーナッツバターサンド

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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大学のリーゼントをセットし直して、アパートに帰ろうとキャンパスを歩いていると、前から歩いてきた、ふにゃった髪の男の人が手を振ってきた。だれだっけ。
「おーい」とその人がいった。「うわ、まぶし!」セットしたての私のリーゼントに夕日が反射したのだ。
「どうだった? きのうのテスト。〈英米文化特論〉の」
「えと、あー」もしかして、タナカさんかな。「そこそこ……でした」
「え、まじで? おれなんかさあ――」とタナカさんはテストができなかったことをまるで自慢するようにいいはじめたけれど私はそのテストを受けていないので、へぇ、とか、はぁ、とか、わかるわかるー、みたいなことしかいうことができない。セミの声の方がずっと大きく聞こえるし興味がないし。というか、タナカさんの顔はこんなだっただろうか。「最後の論述なんかおれぜんぜんできなくて――」どこかで見たことがあるような気がする。いや、授業とかそういうことではなくて。「できたって自信あるの結局あの問題だけだったよ」手をブラインドのようにして、タナカさんの顔をパーツごとに見ていく。「ミュージシャンで、俳優としても活躍した――」タナカさんの髪の毛を手で隠すと――あれ?「エルヴィス・プレスリーに決まってんじゃん」
「あの、タナカさんって、お笑い芸人やってる?」
「え? ええと……はは」
「プレ四朗」
「なんで、ばれたの?」

 余計なことをいわなければよかった。同じくテストを終えて家に帰るところのタナカさんは進行方向がいっしょに、聞いてもないのにべらべらと喋り出して、しまいには「よかったら喫茶店」でもといいだした。そして私も、喫茶店にいくんだったら――といって、いま私たちはピーナッツバターサンドが出てくるお店にいる。私がピーナッツバターサンドをどんどんと食べているあいだにタナカさんは自分の夢のことを話していた。タナカさんはほんとうはひとり暮らしをしたいけれどネタを練習する時間を確保したいから実家に住んでいる。親には芸人をやっていることをいっていない。反対されるに決まっているから。といっても事務所に所属しているわけでもなんでもない。きのう放送していた素人参加型のローカルコンテスト番組がテレビ初出演で、緊張のあまりうまくネタができなかった。だから本当のおれはあんなもんじゃない、などということを語って、なんであんなクオリティで自信があるんだと私は、タナカさんに身の程をわきまえさせて恥ずかしい思いをさせてやろうとこういった。

ピーナッツバターサンド

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