テーマ:お隣さん

隣の秘密

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「はぁ」
「あっ、すみません。コンビニで売ってますよね。ずうずうしいお願いしちゃったな。僕、おばあちゃん子で、長野の田舎ではこういうの普通だったから」
「いや、ぜんぜん。ちょっとびっくりしたけど……私もハムエッグにはソ―ス派よ。目玉焼きにはしょうゆだけど」
「僕も、目玉焼きにはしょうゆです!」
 二人は思わず笑った。
「コロッケですか?」
「ああ、よかったら、食べてかない? ハムエッグだけなんて足りないでしょ。若いのに」
「いいんですか?」
「いいわよ。二人分くらいあるから」
 美紀はコロッケはいつも買いだめするのだ。
 沢井陸は、コロッケを美紀が刻んだキャベツと交互においしそうにパクパク食べる。若い男の子の気持ちいい食べっぷりを目の前で見るのは何年ぶりだろう。大学の時の彼氏以来だから、8年! 枯れてもしょうがないわと美紀は愕然とする。
「これ、丸山さんが作ったんですか?」
「えっ? うん」
 美紀は思わず嘘をついた。
「うまい!」
「若いんだから、ほら、どんどん食べて。まだまだあるから」
「ありがとうございます!」
 家と会社の往復の平凡な美紀の生活に、満開の桜が咲いた気分だった。
 1週間後、美紀が隣のイケメン君はなにしているのかなと考えながら、休日にくつろいでいると、隣から声が聞こえてきた。なんだろう? 美紀は壁に耳をつけて聴いてみる。耳をすますと、だんだん声がはっきりして来た。
「愛の言葉……」
(そうよね。あのイケメン君に彼女がいないわけないじゃない。私の頭に勝手に花が咲いてたのよ。早くわかってよかった)
 美紀は冷静になると、陸に対して、まるで寮母のような態度をとっていたことが恥ずかしくなった。陸は自分のことを女性としてかけらも見てなかったのではないか。こちらは結婚まで考えてのぼせ上っていたのが、急に恥ずかしくなった。
 次の日、美紀が会社から帰って、マンションのエレベ―タ―に乗ろうとすると、沢井陸も乗り込んで来た。
「こんばんは」
「どうも」
 美紀はよそよそしく挨拶した。
「えっ? 丸山さん」
「なに?」
「いや、さようなら」
「さようなら」
それから、しばらくして、美紀は陸と会うことはなかった。同僚の春香と昼休みランチをしている時に、思い切って隣人の陸のことを話してみた。春香はテンションがかなり上がっていたが、彼女がいそうな話を聞くと、急にテンションが下がった。しかし、しばらくして我に返ったように話し出した。

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