テーマ:一人暮らし

クリエイト・ルーム

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

 俺は、インストールしたゲームを削除した。

「笹塚さーん。いらっしゃいませんか」
 画面越しに確認すると、訪問者は田上のようだ。どうやら、俺の担当は彼のようで、獲得した景品は、彼がいつも送ってくれる。今日も、スーツ姿で笑顔を張り付けて画面を見ていた。
「ちょっと待ってください」
 すぐに返事をして一階玄関の鍵を解錠した。七十階まで多少の時間を要するため、しばらく待機する。やがて、玄関から声が聞こえたのでドアを開いた。
「いつもお世話になっております。田上です」
「今日はどうしたんです?」
「はい。景品を回収させて頂きたく参りました」
 回収? と首を傾けていると、田上が説明し始めた。
「景品の獲得とは、御社から利用者への贈与ではなく貸与になります。そのため、アプリをアンインストールした方には、これまで獲得した景品を返還する義務があります。利用規約に書かれているのですが……」
 知らなかった。長ったらしい文章がずらずらと書かれているため、いつも読み飛ばしていたのだ。
「では、回収を始めさせて――」
「ちょっと、待って」
 景品の回収。それは、今まで獲得してきた高級家具を全て手放すということだ。家具だけじゃない。このマンションとも離れないといけないだろう。それは、今まで積み重ねてきたオシャレを無にするのと同じ。つまり、また、「ダサい部屋」と言われてしまうということだ。せっかく、彼女とよりを戻せそうなのに。
「なんとか、ならないかな」
「もう一度、インストールして頂くのであれば回収は行いません」
 田上の言葉に胸をなで下ろして、ゲームをインストールしようとスマホを取り出す。しかし、重要なことを忘れていた。
「…………ID忘れていたんだった」
「……では、回収させて頂きます」
「履歴とかで調べてもらえないでしょうか」
「データの復旧作業にはIDは必須です。それも利用規約に書かれています。では、始めてください」
 俺の懇願は空しく、男達が次々に部屋に入っていく。そして、撤去されていく家具達。その様子を、ただ呆然と見ることしかできなかった。やがて、全ての家具が回収された時、田上が鍵を渡した。
「このマンションも、今日中には出て行ってもらいます。これは笹塚様の自宅の鍵です。ご自宅は、以前のまま保存されておりますのでご安心ください」
 その言葉を最後に、俺は意識を失った。

 その後のことは覚えていない。
 どうやら、無意識のまま昔のアパートに戻っていたようだ。まるで不動産で紹介される見本のような部屋に、だ。イタリア産のソファが来る前のまま、何一つ変わっていない。その部屋に座り込んで、ぼうっと天井を眺めていた。

クリエイト・ルーム

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ