テーマ:お隣さん

耳毛の顛末

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 受付の台のうえには女の子の写真が3つ並んでいて、この中から好みの子を選んでくださいとのことである。誰でもかまわないが、一番素直そうな子を選んだ。夫がどんな子を選んだのかが気になるが、それは後でじっくり聞くことにしよう。
 この部屋でお待ちくださいと案内されて、てっきり待合室で夫とまた顔を合わせるのかと思ったらそこはもう施術(プレイと言った方が正しいのか)の部屋だった。三畳ほどの和室に臙脂の座布団が置いてあって、私は所在なくそこに正座する。室内は薄暗く、ほのかにお香のにおいがする。竹細工のスタンドライトがそれっぽい雰囲気を醸し出している。
 数分もたたないうちにドアを申し訳なさそうに叩く音がして、浴衣姿の女の子が失礼しますと入ってきた。写真そのままの純朴そうな子だ。やはり女性客は珍しいのか、向こうも少し戸惑っているらしい。
 ほら、耳かきとか膝枕って、男の人だったら彼女とか奥さんにしてもらえるけど、女は子どものときにお母さんにしてもらうくらいしか機会がないじゃないですか、それって不公平だなぁと思って。
 何やら弁解じみているが、こっちも妙な沈黙は苦痛でしかないから、場をなごまそうと妙なことを口走る。その懸命さが伝わったものか、浴衣の女の子は満面の笑顔で私がんばりますねと殊勝なことを言ってくれた。
 そこからはまあ要するに、とても素敵なひとときだった。女の子の太ももはほどよい柔らかさで頭がフィットして、耳かきも丁寧でやさしいタッチで、日頃のストレスやら何やらがゆるゆるとほどけていくような気がした。当初の目的が何だったのか、そんなことはどうでもいいような気がしてきた。しかしそれではいけない。せっかく敵地に乗り込んだのだから。
 ねぇ、男の人だと耳の穴に毛が生えてる人っているでしょ。あー耳毛、いますねぇ。そういう人に頼まれたら、耳の毛を切ってあげたりもするのかしら? うーん、どうなんでしょう、ハサミを使うとなると、美容師とかだと免許が必要ですよね。そっか、無免許でハサミ使っちゃだめなのか。分からないですけど、そもそもこの部屋にハサミなんて置いてないですしね。そっかぁ、じゃあ無理か。何回もご来店いただいて指名していただいたら、こっそりサービスするっていう子もいるかもしれないですけどね。
 結局はっきりした答えは出ず、夫の耳毛疑惑の真相はまた藪の中に放り込まれた。やはりもう一度、夫を吊るし上げなければならないのだろうか。それはとても面倒くさいことだ。

耳毛の顛末

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