テーマ:ご当地物語 / 青森市

忘れ雪

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 翌日は土曜日で仕事がないからと、小山内は昼前から大橋をドライブに連れ出した。
「空港の近くに、洒落たお店があるんだ。昼メシでも食おうや」
 八甲田山や岩木山を右に左に見ながら、小一時間走って、結局空港に着いた。もう、ばれちゃったかな、と小山内が舌を出した。
「君の一番大事な人を呼んでいるんだ」
 間もなく、到着ロビーのドアが開いて、東京からの到着客が出てきた。史子が、泣きながら大橋に小走りに駆け寄ってきた。強張っていた何かが、全て洗い流されていくのを感じた。小山内が、二人の肩をさすってくれた。
……おや。
外はまた雪のようだ。けがれあるものも、けがれなきものも、分け隔てなく全てを埋め尽くして、北の地に雪が降る。
 その日は一日中、小山内に青森を案内してもらって、翌日の午後、二人で東京に向かうことにした。当時と変わらない青森駅の古い駅舎に立ち、大橋は人生の深さを噛みしめた。あの体験が自分を救ってくれた。今度は俺が史子を支える番だ。
いずれ、立ち直った時に、史子にもあの話を伝えてみよう。今後、厳しい現実が待っているのだろうが、一緒に歩いてくれるとしたら、この人しかいない……そう思った。もしも東京で挫けそうになったら、自分を再生させてくれたこの北の地に戻って、二人でやり直すのも素敵だな、とも思った。
 改札に見送りに来た小山内がまた、何があっても生き抜けよ、と言って笑った。そして、いつでもいいからと、厚い封筒を大橋にだけ分るように差し出した。
「最近、替ってしまったんだが、ついこの前まで新幹線の発車メロディーにはね、『See you again』というのが掛かっていたんだよ。じゃあ、またな」
 気が付けば、小山内に史子に大橋に、そして道行くすべての人に、うららかな陽が当たっている。惜しみなく降り注ぐ陽の光は、冬が終わるのだと告げているようだ。
 そう、みちのくは、もう直ぐ、春。

忘れ雪

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