Room110

花束みたいな恋をした

2021.01.25

若いカップルがDIYでつくりあげた

ふたりの趣味があふれた部屋

美術杉本 亮

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『東京ラブストーリー』『Mother』『最高の離婚』『Woman』『カルテット』など、数々のヒットドラマを手がけてきた脚本家・坂元裕二がオリジナル脚本を書き下ろし、『いま、会いにゆきます』『映画 ビリギャル』『罪の声』などの土井裕泰監督がメガホンをとった映画『花束みたいな恋をした』。菅田将暉と有村架純が、本や音楽、カルチャーをきっかけにつき合い出すカップル、麦と絹を演じている。ふたりの5年間を描いた本作、美術の杉本さんは、どのようにふたりの暮らしをつくりあげたのか?

セットでの撮影とは思えない、リアルさ

劇中、麦と絹が同棲生活を始めるのが、調布駅から徒歩30分の立地にある多摩川沿いのマンション。
「古めの雑居ビルの、居抜き物件、前の住人は絵描きという設定です。リノベーションが施され、駆体にある程度手が入っていて、麦と絹はそこに魅力を感じて、それが最終的な決め手になったのではないかと発想しました」多摩川沿いのマンションは、ロケで撮影されたように見えるが、実はシーンの大半はスタジオにつくられたセットで撮影された。
「外観はロケで、中の撮影はほぼセットです。ただ、内見のシーンで、部屋の中からベランダを抜けて多摩川が見えるショットがあるのですが、そこはロケセットでの撮影です。クレーンで窓へカメラが抜けていくショットは、そのためだけにビルの屋上に部屋の一部をつくりました。それ以外はスタジオのセットで、部屋の窓の外に背景となる多摩川の写真をぐるりと吊るして撮影をしています」

むき出しになったコンクリート。「よくあるアパートのデザインにはしたくなかったんです。ビルの構造の躯体が見えていますが、これは前のオーナーもある程度、リノベーションして、下の方の壁までは色を塗って直したけど、上までたどり着かず、リノベーションが途中で終わっているという設定です」


本作ではふたりの生活する部屋がセットに見えないよう、様々な工夫が凝らされている。
「窓の外に書き割り(背景画)が立っているような、リアリティがない描写は一番避けたかったことです。どうやったらリアルに見えるのか、各部署でいろんなアイデアを出しながら調整していきました。多摩川の風景を写真に撮り、出力した背景幕は美術部がつくったものです。撮影部、照明部は、その背景幕とセットの間に紗幕のようなものを挟んで、光をあてて、生々しさを消しているんです」さらに夜のシーンでは、こんな工夫も。
「写真なので、普通は真っ暗になってしまいます。今回は水平線のラインにあたる場所にLEDを仕込んで、動かして、車が走っているように見せています」

 


夜は電球の暖かい色が壁のブルーと混ざり合い、不思議な色をつくり出している。


部屋の壁には、ブルートーンの色味が使われている。
「ただ汚れている壁だと、どうしてもただの古い雑居ビルに見えてしまうんです。だからと言って、あまり強い色を使うと、セットっぽい雰囲気になりかねないので、ウソっぽく見えない、ギリギリの淡いブルーを壁色に使用しました。映像になったときに、不思議なカラーが感じられるような見え方になればいいなという狙いがありました」

家具は、ふたりが近所のリサイクルショップで買ってきたという設定。本棚は、もともと麦の部屋にあったもの。


麦と絹が引っ越してきて、最初に行った共同作業はカーテンを広げること。このカーテンの素材感は、杉本さんが空間、インテリアを考える上で、もっとも重視したポイントだと言う。
「大きさ、色合い、光の透け具合など、カーテンの素材は引っ越ししたときに誰しも悩むポイントだと思いますし、失敗している人も意外と多いと思うんです。今回は麦にも、絹にも寄せることなく、ユニセックスなデザイン、カラーのものを選びました。淡い紫っぽいグラデーションの生地で、装飾の茂木豊さんが面白い素材を探して、持ってきてくれました」そうして完成したふたりの住む空間。おしゃれすぎないこともポイントだった。

本棚には宮沢賢治、三浦しをん、マンガで「今日の猫村さん」、手塚治虫、大友克洋の「AKIRA」まで、様々な本が。「本のチョイスは各部署で知恵を出し合いました。一番は脚本の坂元裕二さんなのですが、演出部からも時代設定とふたりの趣味性から、こういうものを読んでいるんじゃないかというアイデアが出ました。そこは脚本家、監督、プロデューサー、みんな気にしていたポイントでした」


ふたりのベッドルーム。「ベッドにはパレットが敷いてあります。それも自分たちで木材を買ってきて組み立てたり、DIYでつくったという設定です」


「今作はサブカルがテーマにもなっていて、調布付近に住んでいるというリアルな設定。それは、世田谷の三軒茶屋に住んでいるようなスタイリッシュさでもなく、トレンドを追うような過剰すぎるおしゃれさでもない、調布すぎず、世田谷すぎずみたいな感じです(笑)。その落ち着かせどころは、監督も気にしていたところです。麦が最初に住んでいるアパートも趣味性は高くて、ある意味ではおしゃれだけど、見方によってはこんなところに住んでいるんだ?という感じがあると思います。多摩川沿いのマンションも、急にオシャレになってしまわないようにするのもポイントでした」

 


 


こたつをはじめ、古い家具があふれた麦の部屋。甲州街道沿いに建っているという設定。


1970年代に建てられた多摩川沿いに建つマンション。間取りは大きなワンルーム。


映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#128(2021年2月号 12月18日発売)『花束みたいな恋をした』の美術について、美術の杉本さんのインタビューを掲載。

Profile

プロフィール

美術

杉本 亮

sugimoto ryo

76年千葉県生まれ。美術助手として種田陽平、原田満生に師事。07年映画『カメレオン』で美術監督デビュー。映画『悪人』(10)、『許されざる者』(13)で日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。近作に『恋は雨上がりのように』『ファンキー』(ともに18)、『唐人街探案3』『影裏』『誰かが見ている』(すべて20)がある。

Movie

映画情報

花束みたいな恋をした
監督/土井裕泰 脚本/坂元裕二 主演/菅田将暉 有村架純 ほか 配給/東京テアトル リトルモア (21/日本/124min) 終電を逃したことから偶然に出会った大学生の山音麦と八谷絹。好きな音楽や映画がほとんど同じで、あっという間に恋に落ちた麦と絹は、大学を卒業してフリーターをしながら同棲を始める……1/29~全国公開 (C)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
花束みたいな恋をした公式HP