郊外のショッピングモールで出会ったのは、コミュニケーションが苦手な少年・チェリーと、大きな前歯をコンプレックスに感じている少女・スマイル。『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、言葉と音楽をきっかけに近づく、ふたりのひと夏の青春を描いたアニメーションだ。イシグロキョウヘイ監督は、スマイルとチェリーの部屋をどのようにつくりあげたのか。
イシグロ監督の「こんな部屋があったらいいな」を反映
ヒロインのスマイルの家は、農家という設定。彼女は、長女のジュリ、三女のマリと、間仕切りのない広い空間で暮らしている。
「もともとスマイルの両親は、祖父母と暮らしていた。でも、祖父母は近所の平屋の一軒家に引っ越すことになって、若夫婦は子供と住む家を新築したんです。注文住宅で、子供部屋は建て替えのときに間仕切りをすべて取り払って、さらにロフトをつけたという設定です」
「もともとスマイルの両親は、祖父母と暮らしていた。でも、祖父母は近所の平屋の一軒家に引っ越すことになって、若夫婦は子供と住む家を新築したんです。注文住宅で、子供部屋は建て替えのときに間仕切りをすべて取り払って、さらにロフトをつけたという設定です」
箱をふたつ並べたような外観も、三姉妹がシェアする子供部屋も、風変わり。イシグロ監督は、スマイルの部屋を様々な資料をあたり、参考にしながらつくっていった。
「この家はファンタジーなんです。参考にしたのは、注文住宅や中二階について書かれた資料。間仕切りがない子供部屋は、資料を探しても見つからなかったので、間取りを0から考えていきました」
「この家はファンタジーなんです。参考にしたのは、注文住宅や中二階について書かれた資料。間仕切りがない子供部屋は、資料を探しても見つからなかったので、間取りを0から考えていきました」

スマイルの妹・マリのスペース。ガジェット好きで、パソコン機器が充実している。フレグランスは、ジュリからもらったという設定。レースや人形、ぶら下がっている小物は、監督の奥様であり、今作のキャラクターデザインを手がけた愛敬由紀子さんの手によるもの。
一方、チェリーが住んでいるのは、特徴のない団地。イシグロ監督は、テレビアニメーション『団地ともお』の助監督をしていて、団地のリサーチも行っていた。さらに本作の脚本を手がけた佐藤大さんは、団地について考察をする集団「団地団」の一員。「団地団」メンバーの大山顕さんの仲介により、イシグロ監督は茨城県取手市の「井野団地」へ取材を行った。
「団地は、基本的にはどこに行っても景色はそんなに変わらないので、そういう意味での個性はありません。若いご夫婦と小さな女の子がいる3人家族のお宅に上がらせていただいて、取材をさせていただいたのですが、リノベーションされていて、かわいくおしゃれに部屋が飾られていたんです。それはチェリーの部屋の美術設定に反映させてもらいました。そのお宅のお父さんがDIYでつくった机は、チェリーの部屋にそのまま描きおこしています」そうやって、チェリーの家の生活感は生み出されていった。

チェリーの家のキッチン。テーブルの配置など、取材したお宅の生活感をそのまま取り入れている。窓ガラスの上には、エアコンのダクトを通せる引き戸ガラスがついている。団地団の大山さん、佐藤さんいわく、「この小窓を描いている人間こそ、団地を知っている人間だ」。
「おふたりによると、アニメで、この部分を表現できていたのは、『耳をすませば』だけらしいです。聖蹟桜ヶ丘の団地の、雫の家はそうなっています」(イシグロ)。
「アニメは0からつくるので、いい意味でウソをつきやすい。だけど、生活感が出ないときは、出したくても出ないんです。取材した写真などをもとに、生活動線も含めて、そこに人が住んでいる感じが伝わる絵に落とし込みました」 六帖のチェリーの部屋には、監督の実体験も反映されている。
「チェリーは、ベッドの足を押し入れに突っ込んでいるんです。子供の頃、僕はこれと同じことをしていました。というのも、姉と部屋を共有していたので、スペースを広く使いたかったから。父親に言って、押し入れの中段に穴を開けてもらい、二段ベッドが押し入れに半分入った状態に組み立ててもらったんです。ちなみに、『押し込んでしまう』という行為そのものがチェリーらしい、キャラクターが反映された部分だと思います」
「チェリーは、ベッドの足を押し入れに突っ込んでいるんです。子供の頃、僕はこれと同じことをしていました。というのも、姉と部屋を共有していたので、スペースを広く使いたかったから。父親に言って、押し入れの中段に穴を開けてもらい、二段ベッドが押し入れに半分入った状態に組み立ててもらったんです。ちなみに、『押し込んでしまう』という行為そのものがチェリーらしい、キャラクターが反映された部分だと思います」
イシグロ監督たちは、群馬県の高崎市でロケハンを行い、映画の舞台である小田市をつくりあげた。
「作中で高崎という地名は出てきませんが、イオンモールさんにも取材に協力していただきました。地方都市を美しく、可愛いく、描けたと思います」 そして同時にその取材は活かしつつ、特徴がない場所にもしたかったと言う。
「チェリーとスマイルが出会う特別な場所として、普遍的な風景を、お客さんの記憶に残るように描きたいと思いました。北関東に限らず、似たような街に住んでいる方に、自分とリンクする場所だと感じてもらいたいです。そして『これはわたしの物語』だ、と思ってもらえると嬉しいですね」
「作中で高崎という地名は出てきませんが、イオンモールさんにも取材に協力していただきました。地方都市を美しく、可愛いく、描けたと思います」 そして同時にその取材は活かしつつ、特徴がない場所にもしたかったと言う。
「チェリーとスマイルが出会う特別な場所として、普遍的な風景を、お客さんの記憶に残るように描きたいと思いました。北関東に限らず、似たような街に住んでいる方に、自分とリンクする場所だと感じてもらいたいです。そして『これはわたしの物語』だ、と思ってもらえると嬉しいですね」
映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#124(2020年6月号 4月18日発売)『サイダーのように言葉が湧き上がる』の美術について、監督のイシグロさんのインタビューを掲載。
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Profile
プロフィール

監督
イシグロキョウヘイ
ishiguro kyohei
80年神奈川県生まれ。アニメ制作会社「サンライズ」に入社後、09年に『FAIRY TAIL』で演出家デビュー。フリーランスに転身後、『四月は君の嘘』(14)で初監督。主な監督作にテレビシリーズ『Occultic;Nine オカルティック・ナイン』(16)、『クジラの子らは砂上に歌う』(17)など。
Movie
映画情報

サイダーのように言葉が湧き上がる
監督/イシグロキョウヘイ 原作/フライングドッグ 声の出演/市川染五郎 杉咲花 ほか 配給/松竹(20/日本/87min)
俳句が趣味の、コミュニケーションが苦手な少年・チェリー。矯正中の大きな前歯を隠すため、いつもマスクをしている少女・スマイル。互いにコンプレックスを持ったふたりは、ショッピングモールで出会い、やがてSNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく……。近日公開予定
©2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
サイダーのように言葉が湧き上がる公式HP